こころの準備ー『それ、勝手な決めつけかもよ?』を読む前に
まだ読んでいない。マジで読んでいない。
わたしのことばの師匠である、阿部広太郎さんの新刊『それ、勝手な決めつけかもよ?』。
わたしの人生がおもしろくなったきっかけの映画『自分の事ばかりで情けなくなるよ』のコピーを担当されていたというところからファンになって早5年(!)。
ファンとして、推しの新しい作品は楽しみ以外の何物でもない。
ネットで最速ゲットじゃなくて、今回はどうしても本屋さんで買いたくて。購入報告を兼ねてインスタストーリーをあげたのが5月30日。
・・・で、このnoteを書いているのが6月13日。
まだ読んでいない。マジで読んでいない。
・・・わたしの仕事の解釈が載っているのだけは確認したけど(だって嬉しかったんだもん)。
ごめんなさい阿部さん・・・・
堂々となに言ってんの?こんな意味わからんnote書いてないではよページをめくれって話なんだけれど、"仕事が忙しい"以外の読むのを渋っていた気持ちをはっきりさせて、ちゃんと片付けてから読みたかった。
読書感想文。よくその本を通じての自分ビフォーアフターを書くけど、読んだあとに読む前の自分のことを引っ張り出してくるの、結構きつかったりして。
どれだけその本に影響受けたかを表現するには必要だけど、もう忘れたよその本に出会う前のわたし。ていうか、忘れたかったんだよ変わる前のわたしのこと。
その、忘れたいはずのわたしのことを書いておこうと思う。
*
2019年12月〜2020年3月。
卒業アルバムを作る印刷会社の営業としては、毎年お決まりの繁忙期。
その時なぜそうしようとしたのかもう全然思い出せないのだけど、全て自分のせいにすればきっとラクだろうなと、意味のない覚悟を決めてしまった。
当然、心穏やかに過ごせるはずもなく。
この時もうシーズン8回目だったのにもかかわらず、過去イチきつかった。
まず自分のミスで凹む。それに加えて顧客のあれやこれやは、担当営業であるわたしの日頃の行いが悪いせい、きっとバチが当たったんだ・・・等々。
いつも大切にしようと思っている想像力を無駄に発揮しておかしい方向に考えて、元々高くなかった自己肯定感はおもしろいくらいにどんどん落ちていった。
崩壊スレスレをなんとか保ってシーズンを乗り切ったけれど、当時の落ち具合を思うとゾッとする。もう戻りたくないと心底思う。
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落ちてみないとわかんないこともあるもんだ。
自分を不必要に落とすのはやめようと気づくことができたから、あの暗闇の時期も無駄じゃなかったな。
コロナ禍に突入して、立ち止まって考えられる時間が生まれたおかげで、落ちに落ちた気持ちを浮上させることができた。
もう同じことは繰り返さないぞと挑んだ2020年12月〜2021年3月の繁忙期を乗り越えて、はてさて、あの時の浮き沈みってどういうことだったんだろうな〜?と思い始めたタイミングで、阿部さん新刊のお知らせ。
「超言葉術」の先って・・・言葉は一体何になっちゃうんだ?と思ったら、次は「解釈」だと。
言葉じゃないのか!?と驚いたけど、言葉じゃないアプローチで一体何を!?というワクワクが生まれてとても楽しみだった。
そして前述の通りお迎えまでして・・・まだ開けていない今に至る。
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このnoteを書くことで気がついた、本を開けなかった理由。
出版記念のオンラインイベントに参加しながら、あぁあの暗闇の時期と向き合わずに読むことはできないなと察知したから、すんなり「読むぞ〜!」になれなかったんだと思う。
客観的に振り返ることができるかも〜と思っていたけれど、やっぱり引っ掛かるものがあったのかもしれない。
でも。
イベントでの阿部さんの話を、少しずつ少しずつもぐもぐしていたら、こんなツイートが自分の中から出てきた。
我ながら、おおこれは、と。ちょっぴり気持ちが上向いた。
あの時期含めた今の自分を解釈するための、こころの準備は整ったような気がする。
よーし。
紙ひこうき、やっと飛ばせそうだー!
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