見出し画像

席を譲るのが親切なら譲られるのも親切だ

 電車で席を譲られたら、素直に「ありがとう」と言って座るようにしている。特に子供が相手の時には。

 高橋優の「明日はきっと良い日になる」のミュージックビデオを見ていて思ったのだが、せっかく席を譲ろうと思って立ち上がっても、断られること、ある
 あれ、実際に結構心のダメージが大きいのだ。
 そもそも知らない人に声をかけるのも勇気がいることだ。目の前にいる人が小銭を落とした時に「落としましたよ」と声をかけるのも結構緊張したりする。
 そんな緊張を越えて声をかけているところ、「良いです」と断られると漫画でいうところの、「ガーン!!」って感じになる。
 
 断る側は二種類あると思う。実際元気だから、席を譲ってもらったら悪いなと遠慮する人。それから、「私はまだ席を譲られる年じゃない!」と思っている人。
 後者の人というのも、やはり結構いるものだ。小学校一年生の頃の遠足の帰り、同じクラスの男の子がおばさん(子供の目から見るとおばあさんにも見えた)に「ここの席座ってください!」と元気に言って席を譲るのを見た。たしかに、小学校では「空いている時は席に座って良いけど、混んできたら他の人に席を譲りましょう」と言われていた。それでも結構疲れる行程だったのに、真っ先に立ってえらいなと感心した。その子は、いつも笑顔で、クラスでも優等生だった。
 しかし、その時のおばさんは、「いえ、結構です」と言ってドア側に移動してしまった。
 立ち上がった彼は、困った笑顔のまま、立ったままで、周りの子たちがちょっと笑っていた。一応補足しておくと、周りの子たちは冷やかす目的ではなくて、どちらかというと励ますというか、シン…とした間を埋めるように笑ったような感じだった。それでも、立ったままの彼はいたたまれない表情をしていて、こっちも一緒に切なくなった。
 そしておまけに、ドア側に移動したおばさんは、移動した先にいたサラリーマンぽい男の人に、

「席譲られちゃったわよ! 私まだそんなトシじゃないのに!」

 と言ったのだ。サラリーマンも、「お若いのに失礼ですよね」と言った。
 私はたまたまそのドアの近くの座席に座っていたから聞こえたが、どうか、席を立ったままの彼に聞こえていませんように、と思った。
 サラリーマンはおばさんに気を使ったのだということも、子供心にわかっていたけれど、それでも二人ともそういう言い方はないんじゃないかと思って悔しかった。だから、20年以上経った今でも覚えている。

 厚意を押し付けるなと言われるとその通りなのだが、良かれと思って思い切って行ったことが受け入れられなかった時というのは、次に同じことをしようという気がしなくなってしまう。
 厚意のリレーを続けていくためにも、人にもらった厚意はできるだけ受け取った方が良いと思う。特に子供の厚意は
 電車で席を譲るということは、一番分かりやすくて身近な親切だ。子供だって人に声をかけるのは緊張する。別にあなたのことをジジイやババアだと思って声をかけているわけではないのだ。あなたが自分より疲れているんじゃないのかなと思って声をかけたのだ。

 私も大学生の頃、子供に席を譲ってもらったことがある。
 その子は小学校低学年くらいの外国人の男の子で、お父さんとずっと英語で話していたから、多分観光客だったのかなと思う。私は当時大学に行く時、キャリーケースを使っていた。なぜなら論文のために図書館で借りる本が激重だったので、リュックや普通の鞄では肩が凝って仕方ないため、引っ張っていこうという結論に達したからである。
 最初、子供に袖を引っ張られて手で席を示された時は、「おっっ、(太ってて)妊娠してるように見えたか……?」と思った。しかし後で考えると多分、重そうなキャリーケースを持っていて、私が疲れているのではと心配してくれたのだろう。まあ、仮に妊婦だと思っていても構わないのだけど。
 とにかく彼がニコニコして席を示してくれるので、私は遠足の時の同級生を思い出して、「ありがとう」と言って座らせてもらった。
 すると、彼はぱあっと明るい笑顔になって、近くで立っていたお父さんに嬉しそうに報告して、お父さんは彼の頭を撫でていた。それを見た時、なんとなく私まで良いことをしたような気持ちになって、幸せをもらったのだ。

 席を譲るのが親切なら、譲られるのも親切だ。

 助け合いの心を循環させていくためには、席を譲られた時に余計なことは考えないで(たとえ考えても)、「ありがとう」と言って座るのがベストなのだ。
 唯一断っても仕方ない場合は、「ありがとう、でも次の駅で降りるので」というときだろうか。私が席を譲ろうとした時に一度そう言ってくれた紳士なおじいさんがいた。その時、「ありがとう」と言ってもらったことで、私の「厚意」は受け止められたのだと安心したので、断る時であっても「ありがとう」と言うのは忘れないようにしたい。
 「若者が席を譲らない」と文句を言う人もいる。でもその若者はもしかしたら、過去に席を譲ろうとして断られたことがあるのかもしれないなと思うことがある。もちろんそうとは限らないけど、そうでないとも限らない。
 優先席についても言いたいことはあるけれども、書いてみたら長くなりそうだったのでまた別の日に改めてそれだけ書きたいと思う。
 

 最後に、席を譲ろうとしたら「私はまだ譲られる年じゃないから」と言って断られたお兄さんの上手な返しがこちら。

「いや、人生の先輩に立たせらんねえっす!」


 遠回しに「ババアじゃないのよ」と言っていたおばさんも、笑って譲られていた。
 体育会系のお兄さんだったからあまりにも自然だったのもあるけれど、その瞬間電車内の空気がほっこりした。そして、遠足の帰りに席を譲ろうとして断られたあの子の思い出も、少し軽くなった気がした。優しさが勝ったよ! みたいな。
 私もそういう風にさらっと上手く返せる台詞を見つけたいなと思う。

読んでいただいてありがとうございます! スキ!やコメントなどいただけると励みになります。サポート頂けた分は小説や古典まとめを執筆するための資料を購入する費用に当てさせて頂きたいと思います。