世界を 見失うくらいに 君が好き
南仏の運河が描かれた 缶の箱を いつまでも大切にしてる いつか君が パスコードを教えてくれて そうしたら すぐに どこにいても 君だと気づく 出会った意味なんて 言い出すと とたんに 君が くもってしまうから 目にした風景の方を 持っておく 忘れてしまうまで
君のようには 消せないでいる 行ったことがある大陸も 飲んだことのある青い水も 君は全部捨ててしまった 君が収穫した 桃の写真を憶えてる たくさんの古くなったノート 君のようには 捨てられないけど せめて ロッカーに預けて 出かけよう 身を軽くして 出かけよう
くもっているのに 明るい朝だった まぶしくて 息が吸えないのは くもりのせいだとは わからなかった 去年はタイトなニットと 先のとがったブーツを 辞めるなんて思いつかなかった 窮屈だって 気づきもしなかったから この冬は 体全部で呼吸する つま先まで自由に動かして
抹茶ラテのカップを 両手で持って スマートフォンも本も見ず ただぼんやり目の前に 視線をやってる 横目で見る限りだが こんなふうに カップを持ってみようと思う アンニュイな、と 言われたあの子は フライトアテンダントになった あの子は 『Calling You』を歌った
うなづいて、とは言わない うなづけない時は うーん、と考え込む いくつもの 古びた扉の前を通る バタンと大きな音を立てて 扉が閉まるから そっと手で 扉を閉める 静かな自動ドアを選ばずに うなづいて、くれなくてもいいから どの通りを行くか 道筋を話すね
指で 言いたいことはないから もう いいかな 終わらない約束も 一瞬の誓いも 役目を十分に果たしてくれた ゆびでつなぎ止める ことでもないから もう 自由にしてあげよう
詩誌『凪』6号「言いたかった」朗読しました。
譲れないもので バッグがふくらんで動けない 捨てられないから バックパックに詰め替えてみる
夏休みが明けると 世界がちょっとずつ変わっていて 階段の壁面の色や 通りの新しい店 見知らぬ人 その新しいイロドリになじもうと 急かさせるように 体を染める 夏の後は 変わるには最適です 8月が終わったから 自分の色えんぴつを 替えたくなってる
やさしい砂の上に 足を置く はじめましてのような ひさしぶり あらためまして 出会うのが巡り合わせなら 再び会えたのは遠心力だった 時間は 波立っていた思い出をなだらかにする あらてめまして あなたの遠心力は 遠くの心をつかんで大きく回る 今まで踏みしめた砂と一緒に
しばらく降ってなかった雨が やっと降った日に 郷に降り立つ やさしさが 劣っているんじゃないかと ソワソワする あなたのやさしさの中にある そこに至る いくつもの気持ちを 知りたいと思う めぐみの雨と一緒に 帰ってこられた たくさんの仮説を立ててから 聞いてみたい
今日はここにいるんだね 話したことない子に言われる 初めて話す人が腕にふれてくる どうやって 身につくのか 距離を測る感覚は そんなむずかしいもの みんなが当たり前には持ってない 間違っても 笑われても 言葉が通じなくても 近く時は 水たまりをひょいって 飛び越える
消える言葉でじゃないと 言えないことがある
どの季節に 君がいたかも 忘れてしまった ノースリーブが いいんじゃない? そう言ったから 夏だったか 見せたいところだけ 見せていたから なんにも伝わらずに 君の退屈が 見えなかった 透けた袖の 隙間から 今は 肌質まで見える
花咲くころより 花香るころは短く ジャスミンが香る 風薫るころを過ぎ 金木犀と どこか似ているけれど 季節が違うことは 思い出せる 花に頼って季節を映す 時期を知らない花の香りは 背景と一緒になる まだ どこにも属していない ジャスミンの香りを 何月にしまおうか