絵本の読み聞かせ

 図書館で、若い母親が子どもに絵本を読み聞かせていました。その声はやわらかく、優しげで、言葉のひとつひとつを慈しむようでした。私は近くで本を探すふりをしながら、自分のために読み聞かせてくれているのだと勝手に思って、母親の読んでいるのを聞いていました。そのために興味のない本の背表紙を眺めながら、ずっと耳を傾けていたのです。そして母親が最後のページを読み終えてゆっくりと、おしまい、と名残惜しそうに言うと、私はなんとなく、まだこの世の中をなんとか生きていけるような気がしたのでした。どうしてそう思ったのか自分でもわからないのですが、確かにそんな気がしたのでした。急に寒くなった帰り道にぶるぶるしながら、あの母親の優しい語りを心で反芻してもう一度、まだ生きられると、そう思ったのでした。

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