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小さな日常で幸せを感じる

人生楽しまないと…



「何でも楽しんでいる人は成功する」
例えばどんなに長時間努力していても嫌々やっている人は勉強を楽しんでいる人にかなわない。どんなに頑張って仕事をやっていても嫌々やっている人は仕事を楽しんでいる人にかなわない。
勝ち負けがあるような気はしないけれど、楽しんでいなければ立派な人になれない。

私はどこかでそんなことを聞いてから、何をするにも楽しまなければいけないと半ば迫られている感じがしていた。休日も何か新鮮なことをして楽しまないといけないと思って、予定を考えようとするけれど、特に興味のあることもなく、何も思いつかなくて苦を感じて終わっていた。

何もない休日

ある休日、私は自分に優しくなりたい気分だった。だから「今日は何もしなくても良いよ」と自分に言った。

高校での瞑想体験


高校の心理学の授業で瞑想を体験する機会があった。その授業では、マットの上に横になって、体全体の力を抜くことに集中する瞑想をした。体の力が抜けて楽になると、体が地面に沈み込んでいく感覚になるらしい。私はそれを目指して体の力を抜くことだけに集中した。私は体を地面に沈み込ませることはできなかったが、瞑想中に体の力を抜くことだけに集中しようとする過程で1つの新たな感覚を得ることができた。

瞑想中の心の中は、何か難しいことを考えたりしなくても良い、頑張って体を動かさなくても良い、あなたは「何もしなくても良い」と自分に言っていた。そう語りかけると、心と体が自分の呪縛から解放された。そして泣きたくなるほど嬉しくなり、自分に感謝したくなった。

何もしなくても良い休日

高校時代の瞑想体験があってから、自分が自分を縛りすぎているときは「何もしなくても良い」と自分に言うようにしている。

最近休日になると、何か楽しまないといけない、特別なことをしないといけないという思いで縛られている感じがしていた。だから、ある日に「特別なことは何もしなくても良い」休日にしようとふと思った。

つまらない休日


私の休日は、朝に瞑想をした後いつも同じ朝食を取り、昼間は行政書士の勉強をし、夜もいつも同じものを食べる。夜に食べる鯖缶は私の好物で、秘かな楽しみであった。ある日も同じように変わらぬ生活をした。

何も変わったことがないのでやはり最初はつまらなさを感じた。いつもはその感覚が良くないと思っていたが、その日は「特別なことは何もしなくても良い」日なので、良いとも悪いとも思わないことにした。

つまらないと、何か楽しいことをしたいなと自然と思うようになって、普段やっていることを楽しくしたいなと思って、、、そしたらいつもやっていることをいつもより楽しむことができた気がした。いつもより勉強が楽しかったし、いつもより鯖缶がおいしかった。

小さな日常で幸せを感じる

新しいことに挑戦する勇気がない小心者の私は、小さな日常に幸せを感じるだけで十分に幸せになれるのだ。そう悟ったある休日だった。

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