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日本列島 チーズ工房リレー 第二弾  白糠酪恵舎

< 白糠酪恵舎 代表 井ノ口和良さんと
  事業部長 及川由博さんに聞く > 

 北海道の東部、釧路市の西約30キロに位置する白糠町。道東自動車道の白糠I.C.を降り、旧白糠線の線路跡と並行する道をゆるやかに下ると、途中、チーズやシソ焼酎の名前にもなっている「鍛高(タンタカ)」地区を通過。そのまま10分ほど走ると左手に可愛らしい屋根の建物と直売所の看板が現れました。右手には、本シシャモの遡上する数少ない川のひとつ「茶路川」の流れる自然豊かな地。株式会社白糠酪恵舎は、この場所で営まれています。
 
 株式会社の名の通り、白糠酪恵舎は白糠町内の酪農家14軒と有志の方々の出資により作られたチーズ工房です。自ら営む牛乳の消費拡大・利用促進への思いあってのことでしょう。その有志の中のおひとり、井ノ口和良さんは、創業当初から20年以上チーズ作りを先導し続け、現在は会社代表として手腕を振るわれています。
 
 将来的な事業継承を鑑み、後進の育成にも力を注ぐ井ノ口さんから後継者に指名されたのが、現在事業部部長をされている及川由博さん。今回、及川さんを中心に、工房やチーズ作りについての思いを伺いました。

事業部部長 及川由博さん

< 酪恵舎の製造環境 >

 会社は現在、社員10名、パート社員4名、代表と合わせ、全15名で運営。その中で製造担当は6名、製造補助1名、他に営業と熟成の担当がそれぞれ、製造と兼務で行うこともあり、臨機応変に対応されています。
 
 チーズは、直売所右隣にある別棟の製造所で作られていますが、以前は直売所と連なった建物で作られていたとのこと。規模を大きくして新しく建てられた製造所では、500Lと800Lの2つの容器を使い、イタリアチーズをベースとしたフレッシュタイプからハードタイプのチーズまで16種類、最大で一日に約1.4トンのミルクからチーズを作ることができます。
 
 入口横にホカホカと白い湯気のあがる容器が。何かと思えば、その日の製造時に出来たホエーが入っています。このホエーは、ソフトクリームに加えたり、畑の肥料や羊の飼料にしたり等、100%回収し再利用しているとのこと。根釧農業試験場の調べによると、化成肥料の約10分の1の肥料効果が認められ、実際に根菜類に用いると良く育つそうです。そして工房から出る排水は、葦を使った独自の浄化システムを採用し、自然を壊さないよう環境へ配慮した取り組みをされています。「チーズ製造者のモラルが問われている」と、井ノ口さんは語ります。

白糠酪恵舎 代表 井ノ口和良さん

< 大切なミルクを運ぶために >

 チーズ作りは、夜が明ける前の早朝4時半に集乳するところからスタート。3人のメンバーが交代で、町内2軒の酪農家のミルクを仕入れに行きます。乳への振動を最小限に抑えるため、工房から3キロ圏内の酪農家とのお取引。「出資者の酪農家さんは他にもいらっしゃるのですが、離れているところだと30分以上かかるので。心苦しいのですが、移動で乳を傷めないようにすることを考えるとどうしても、近いところで、ずっと応援してくれるところからいただいています」と、及川さん。
 
 自前のローリー車は、一般的なバキューム式ではなく真空式。乳を汲み上げる等の振動で乳を傷つけることなく取り扱うことができ、工房到着まで酸素に触れることなく運ぶことができます。ローリー車は工房横の高台駐車場に停められ、工房内の製造設備へ乳を自然落下で流せるよう設計。製造前の乳にとって重要な「酸素をいれないこと」と「脂肪球を壊さないこと」、この2つを可能な限り行おうとしているのです。
 
 「乳が痛んだ状態から始めるとその後も悪くなる一方なので、守っていくというか、いかにスタートラインを高い状態から始めるか、ということを心掛けています。最終的な商品のクオリティを落とさない、そういう理念でやっています」と、及川さんは語気を強めました。チーズ製造は午前中に終わることはなく、乳の殺菌冷却後に乳酸菌を入れてから約6時間、そのため14時くらいまでは工房内での作業が続くといいます。

横付けしたローリー車からミルクを自然落下で製造所へ 

< 顔の見えるお取引を大切に >

 出来上がったチーズの取引先は現在約400軒弱、その7割は飲食店と直接のお取引です。釧路管内他、札幌、東京方面へも出荷していますが、なによりも「顔の見えるお取引」であることを大切にしています。「どちらかと言えば、ワンオーナーの10席くらいのお店で一生懸命頑張っているようなかたを応援したい。そのほうが、直接チーズについてのお客様の反応や、チーズの状態についての声をいただけるので。」と、及川さん。
 
 コロナ禍での影響を尋ねると、「売上のことよりも、今のうちに、この機会に、自分たちの製造スキルを上げようと考えました」と。「熟成庫を増設したので、モッツァレラの製造量の減った分を熟成タイプの製造にシフトしたり、どう変えたらもっと美味しくなるのかを考えながら製造したり。」そのため、生乳処理量自体を落とすことなく製造を続けられたといいます。「コロナ禍が解除され、お取引先が再び頑張ろうとしている時に、力になれるような提案商品を準備したい!」と前向きに考え取り組まれていました。

製造所内での様子

< 少しでも多くのチーズを作るために >

 その白糠酪恵舎のチーズ。チーズ販売店のかたの話によると、大変な人気商品のため、発注数通りの入荷はなかなか難しいのだとか。入荷待ちということは、多くの方の口に届いている証拠とも言えます。「欠品等でお取引先に迷惑をかけないよう、1キロでも多く作れるようにやっています!」と、井ノ口さんの話。
 
 それについて、及川さんは「製造工程を見直せば、もう少し量を増やすことができると思う。出来るだけ乳を仕入れてチーズを作ってお届けするということを、もう少し力を入れてやっていきたいという思いはある。牛の頭数を減らし生産調整をする政府決定を、小さな努力かもしれないが防いでいきたい。」と、語ってくれました。

< 目指すのは、ミルクの優しさと強さを現すチーズ >

 酪農王国北海道で、当たり前のように日常の食卓・郷土料理等にチーズを取り入れてほしい、そして、より多くのチーズを美味しく食べてほしい。そんな思いから、白糠酪恵舎のチーズ作りは、「嗜好品としてのチーズ」ではなく、「食材としてのチーズ」を目指していると言います。
 
 そのための取り組みのひとつは、様々な製造技術を用いて牛乳の持っているペプチドの能力を高め、保健機能を高めたチーズを作っていくこと。結果として、食べ物としての価値を高め、安全で美味しいチーズを作ることなのだと。

白糠酪恵舎熟成庫でゆっくりと時を待つチーズ

 ミルクは母親から子への愛情。ひっかかりのない優しい味わいでお腹に入ってスーッと消化できるものにし、子にたくさんのミルクを飲ませ、大きく育てます。チーズも同様に、身体が自然にたくさん受け入れるような、原料ミルクの本質である「優しさ」と「強さ」がしっかり現れているような味わいに仕上げているのです。「ミルクが本来もっている、母親の愛を感じる安心感を得られるチーズのほうが、今の世の中には大切だと思う。」と、井ノ口さんは語ります。

< 手に取りやすい価格設定 >

 もう一つの取り組みは、価格を据え置いていること。日々食べていただきやすいよう、2001年の創業以来、2009年に一度だけ値上げをしましたが、製造工程の見直しにより、2011年に値下げ。それ以来、価格を変えていないのです。
 
 規模を大きくすることにより低コストで安定的に良いものを作れるように、器材の修理を自分たちで行なう等、あらゆるコスト削減に取り組み続け、手に取りやすい価格を維持されています。「チーズに1500円を支払うのであれば、1個1500円ではなく、3個で1500円のほうが、牛乳消費につながり、酪農家を応援することができる。」 乳を多く使うことで、ミルクの生産調整を防ぐ活動に繋がると考えているからです。

白糠酪恵舎で作られるチーズの数々

< 地域に根差す酪恵舎 >

 代表の井ノ口さんから、3~4年ほど前に後継者の指名を受けたという及川さん。製造等の様々なノウハウをわかった上で、同じ考えで後継していきたいとの思いから、「今は、チーズ製造技術の受け渡しの時期。正しく作るということを自分に染み込ませないといけない。」と意気込みを語ります。
 
 創業当時の白糠町の人口は10000人を超えていましたが、現在は7000人台。町全体の酪農家の数は1/3に減り、白糠酪恵舎へ出資した14軒の酪農家も現在は7軒に。「町の中に根差すものとして、そして町の人たちに愛される場所として、白糠酪恵舎は存在していたい。20年前は乳加工の文化のなかったところに文化が醸成され、酪農家と共に町が栄えていく。この繋がった関係性をもっと深めることが大事だと考えている」と、及川さんの地域振興への思いを感じます。
 
 「作って終わりではなく、喜んでもらえるようあり続けることが製造業にとって重要だと、改めて気付いた。正しい食べ物を作って、元気になってもらう。その対価が感謝の気持ちで返ってきて、自分たちの再生産にも繋がる。その思いを皆で共感しています。そういう意味ではチームワークが取れていると思います。あとは、そこに技術を付けていきますので…」と、及川さんは笑みを浮かべました。
 
 「食べ物としてのチーズを正しく作る」という言葉は、井ノ口さんと及川さんのお二人の口から何度も聞かれたもの。
ただひたすらに、まっすぐに、チーズと向き合う白糠酪恵舎の姿勢全てが、この言葉に集約されていると感じました。

チーズ直売所の外観 かわいらしい屋根が目印

< チーズ工房の情報 >

株式会社 白糠酪恵舎 
住所:〒088-0342 北海道白糠郡白糠町茶路東1線116番地11
電話番号:01547-2-5818 (FAX:01547-2-5819)
営業時間:直売店9:00-17:00 
定休日:不定休・年末年始

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