忘却バッテリー11話【感想】

原作のネタバレを少量含みます


藤堂回に引き続き、千早過去回。
まず、原作を読んだ時の印象として、千早というキャラクターはかなりひねくれて大人びている印象がありました。
映像化し、声優さんの声や、動き、表情が入ることによって思っていたよりもずっと少年らしいのかもしれないと。ここで千早回、どう出るかと楽しみにしていました。
予想していた所謂「神回」とはまた別ベクトルに突き抜けた神回となったように思います。

とんでもない野球作画

ヤマの「空気悪ッ」を忠実に再現した野球シーン。清峰が打たれ、圭が元に戻り、巻田も調子を上げ、氷河に追い風が吹き始めた印象。
捲し立てるようにハイテンポで進んでいく試合を、とんでもないレベルの作画と演出で作りあげられていました。とんでもなくイイ作画があのテンポ感でやって来るとものすごい情報量が脳内に流れ込んできて、いい意味で初見では上手く処理しきれなかった。5回繰り返し見てようやく脳が追いついてきました。
揺れる髪や靡く服、忘却バッテリー得意のボールを追いかける演出。カメラワークも非常に巧妙で、アイレベルを地面に近く設定することによって臨場感あふれる演出になっていたように思います。
妙にリアルで、自分もグラウンドに選手として入っているような演出により、プレッシャーや焦燥感が視聴者にまで伝わる形になっていました。

しかしながら、そのハイスピード劣勢ゲームの不穏な流れを打ち切るように、ベンチの圭と葉流火のやりとりが行われます。
それまでの緊迫した試合の一人称視点とは異なり、いつも通りの「視聴者」としての俯瞰したカメラワーク。緊迫し淀み切った空気感が圭の言葉でほどけていきます。知将であればそのカリスマ性を以て場を鎮めていたであろうところを、「エラーって運みたいなもんじゃん?」と。藤堂のエラーへの救済のようにすら感じる。知将は絶対に「運」などと曖昧で再現性のない分析をしないだろうから。それでも、「空気」というそれこそ曖昧なものへの対処として、この打開の仕方は今の状態の圭にしかできないことだったんじゃないか、と。

圭のおかげで一安心したところで、徐々に千早フォーカスが増えていきます。そう、今回の話ではこれまでのシーンで千早にカメラが当たることがほぼなかった。普段であれば分割リアクションに千早・藤堂コンビが映るところが、ヤマと藤堂が圧倒的に多く千早はほぼ映らなかったのです。話全体のバランスを俯瞰した、素晴らしい演出です。
再び試合シーンへ。出塁する土屋さん、藤堂。藤堂のバッティング、出塁シーンの作画がこれまたすごい。
千早は圭を信用しきれず、自分が打たなければと力み、ゲッツーを食らいます。巻田による「おめーみてえなチビには無理だ」を切り口に、千早の「壁」に焦点が移っていきます。

コンプレックス

淡々とした千早の語り口調と共に、かなりハイテンポな進行です。
食べるシーン、もっとドロリと汚く重々しい演出になるかと思っていましたが、今回の演出の特徴として、場転にスライドを使う。非常に「淡々と」しているのです。
「苦にならなかった」という千早の虚勢であると同時に、これらの行為が千早の日常であったということ。エラーという劇的な事件から暗雲が覆い始めた藤堂と異なり、千早にとっては長い間恒常的にかかっていた負荷なのだと。当たり前です。体躯は簡単には変わらないこと、きっと心のどこかでずっと分かっていたはずだから。

その心に隠した気づきが、清峰・要バッテリーによって露呈される。得意の盗塁すら刺される。1話アバンのシーンです。
アニメではカットされていましたが、原作では圭のフィジカルについても言及されています。自分と同じように180cmない、恵まれているとは言い難い選手。努力でその技術を身に着けたのだと。
フィジカルのある選手だって、努力を怠って運だけで勝ち上がったはずがない。コミカルシーンとして描かれていますが、葉流火は隙さえあれば筋トレをしているのです。
その血の滲むような努力の苦しさを自分だって痛いほど知っていたはずなのに、巻田に「いいなあ」と言ってしまった。
過去に誰かに言われたことがあるのでしょうか。足が速くていいなあなどと。嫌がられるプレーをする選手なので、嫌み交じりに言われたなんてこともあり得る。アイスを溶かして飲む苦しみさえ知らずに。

このことをきっかけに、完全に野球を捨てます。それでも、愛した最後の宝物を投げ捨てることはできなかった。
ここの声優さんの演技が本当にすごいですよね。「クソ!」と悲痛に叫ぶ声と、淡々としたモノローグの対比。表現の幅があまりに広い。
代わりに、過去の自分の全てを捨て去ります。そして新たに作った趣味で自分を埋めていく。
それでも、空虚なばかりです。
そしていつの間にか、また野球をやる自分に戻ってきてしまっている。

名前を呼ぶ藤堂の声に気づかず、打席に向かう千早。
フィジカルにコンプレックスを抱いていた自分に打ち勝ちたいという思いと、圭に回せない責任感からバットを大きく振ります。
結論から言えば、千早の壁は「他人への信頼」なんですよね。ここから少しずつそれが分かるようになっている。藤堂からの呼びかけに気づかなかったことも然り。
それを気づかせるきっかけになるのが、藤堂のセリフです。「お前が打つしかねえよな」と。
客観的に千早を見て抱く「(千早にしては大振りは)珍しい」という感想に対し、あまりに身に覚えがありそうな言い方です。
藤堂は、シニア時代チームで一番上手かった。主力選手として大事な場面を任せられる重圧と責任感を常に感じていた藤堂だからこそ、千早の背負う役割に深く共感したのだと思います。仲間のことが大好きでも、フィジカルがあっても、究極的な部分でチームメイトに信じて任せることを許されなかった藤堂は、少なからず千早と同じところがあったのかもしれません。

そして、この「信頼」を切り口に、だんだんと千早の描写に他者の視点が加わっていきます。
千早との真っ向勝負を楽しむ巻田、シニア時代の千早について語る栗田。
このアニメ、本当に、空の色と劇伴が良すぎる。栗田目線で語られる千早の背景は、曇天ではなくちゃんと晴れた夕暮れなのです。周りはずっと、チームで一番上手な千早に憧れていたのだと。
この後の、一生懸命に千早を応援する圭の表情も、アニメで見ることによって、周囲は千早が思っている以上に千早を好きなのだと気づかせてくれます。それでも、千早はずっと自分の姿形を嫌い、弱く惨めでダサい本質を嫌っていた。周りを見下しているように見えて、実は誰よりも敬意を払ったうえで、不器用な嫉妬の感情を処理しきれず、自分の殻に閉じこもるしかなかった。

やる!

そんな千早も、ファールで粘った打席の中での内省を通じ、もう一度心の底から野球をする自分と野球を好きになれるよう、そしてチームで勝利できるよう願います。
ついに壁が消え去り、待ちに待ったスポットライト演出。
圭の「一緒にやる?」の言葉に対し、「やる!」と明るく答えます。

本当に、この改変には恐れ入りました。
藤堂との対比をずっと期待していたので、先週の予告で「俺は嘘つきだ」とタイトルが出た時点で、原作通りスポットライト演出で揃えられるのだとばかり思っていました。
しかし、ファールで粘る中で先にタイトル回収。千早は頭がいいので、きっと思考のスピードも速いのだと思います。捲し立てるように思考が更新され、圭に対し抱いた「変わった」という感想を切り口に自身の心の真髄にまでたどり着きます。

そして、そのアンサーとして「やる!」と。
声の演技もあまりに素晴らしい。
原作を読んでいた時、藤堂の「やる!」の声のイメージはむしろ今回の千早のように明るく無邪気で、逆に千早の「俺は嘘つきだ」は地を這うように重苦しいものだとばかり思っていました。しかし両者は真逆の演技で来たのです。これにより、原作からかなりキャラへの解釈の幅が広がったように思います。
藤堂は一度捨てた自分に舞い戻ってしまった後悔と懺悔。千早は今度こそチームで、みんなで「一緒に」野球をやりたい、という希望と再生。
原作の捻くれ者感満載の「やるわけないだろ」も大好きですが、アニメ版の年相応の千早は、前後の文脈も相まって非常に新鮮に感じます。

2アウトランナー1・2塁

4球目を見た千早と、悔しがる巻田。
音響、劇伴、演出すべて合わさって劇場版かと錯覚するレベルです。
今までのような戦略と粘りのフォアボールではなく、信頼を繋ぐためのもの。1話分の構成として、千早の壁の正体の解明と打開が非常に明瞭に描かれているように思います。
圭に対して無邪気な声で「決めちゃってください」と掛ける千早。自己解決の鬼ですね。当初の暗い表情と打って変わって、つきものが取れたようです。
1塁に向かう足取りは軽く、壁に囲まれていた千早は今では何にも邪魔されることなく、先へ先へと走っていきます。
エラーをした右手の呪縛から解放され、空に向かって手を伸ばした藤堂との対比のようにすら感じます。
俊足キャラの特権ですね。どこまでも自由に走っていける。
少なくとも今は、もう壁を打ち砕くことができたのだと。

これまで野球の技術を詰め込み、フィジカルを鍛えるために食べ物を詰め込み、野球から離れてからは音楽を詰め込み、勉強を詰め込み、ファッションで体を包み隠し、自分という空虚な存在を埋めてきた。その千早が、他者を受け入れようとする。
藤堂回でも感じましたが、やはりこれも彼にとって気づきのタイミングだったんですね。
正直、「壁」の話をするシニアの監督はかなり酷だと感じていました。表現の仕方が冷徹で恐ろしい。
しかし、今回の千早のように自分の壁の正体に気づくタイミングが来た。それを乗り越えるタイミングが来た。その気づきを逃してしまわないようにという、未来の成長に向けた励ましの助言だったのではないかと、アニメを見て感じました。
シニア時代コンプレックスの塊だった千早は他人を受容する余裕がなかった。しかし、小手指に来て、まさに彼の壁を打開するタイミングが来たのだと思います。或いは、打開してもいいんだと思わせるチームメイトとの出会いが彼を変えた。
きっとそれが、星明戦で藤堂に1番を譲った下りにも、一年目帝徳戦で清峰にかけた励ましの言葉にも、二年目帝徳戦における4番バッター藤堂への声援にも繋がったんですね。


アニメを見るまで、千早のことを誤解していたのかもしれない。
なんとなく、彼は高校で野球を辞めるのではないかと思ったりもしていました。しかし、シニア時代のノートの端に、「絶対にプロになる!」と赤字で記していた。千早にとっての、「絶対」です。
思う以上に、彼は純粋な人間だった。
原作も現在大きく話が動いていますが、今後彼らがどういう選択をし、成長をしていくのか。楽しみでなりません。

次回最終話ですよね、たぶん…。2期、ずっと待ってます。
大好きです、忘却バッテリー。

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