見出し画像

この言葉があったから

私は、小学校2年生から剣道を始めた。

全く記憶がないのだが、小学校1年生の時に剣道をしたいと言っていたらしい。
しかし、剣道は、月・木・土の週3回で、月・木は、夕方6時から夜9時まで、土は、午後1時から4時まで。途中から土曜日も夕方6時から夜9時までになった。母は送り迎えが面倒くさいと思い、そのうち、剣道をしたいと言わなくなるだろうと、先に延ばしていたらしい。

私が2年生になっても、「剣道をしたい」と言ったらしい。これも、私の記憶には全くない。
1年たっても、やりたいというのなら本気だろうと、やっと2年生になってから剣道を始めた。
スポーツ少年団の剣道だから、小学1年生から中学3年生までが通う。中学3年生で卒団となるのだが、我が家は父の仕事の関係で、小学6年の時に同じ道場で続けることができなくなった。

剣道の先生は、書道も特別な名前をもっているほどの腕前で、パソコンがない時代のトーナメント表とか、試合進行表、賞状など、大会の時は、すべて筆で書けるほどだった。

その先生が、卒団する中学3年生1人1人に色紙を渡した。
当然、小学6年生で辞める場合は、色紙をもらえないのだが、私の場合は、転校しても、剣道を続けると言ったため、特別に色紙を書いてもらった。

その時もらった色紙がこちら。

小学6年生なので、「同時」しか読めず、始めの2文字は初めて見る漢字だった。
小学生が使う辞書を見ても、よく分からない。
たぶん、「そつたく」と読むと思う。
「啐啄同時」、そつたくどうじ。

漢字を読めた所で、初めて聞く言葉だし、意味も分からない。

色紙の裏には、ボールペンで意味が書いてあった。

啐は雛が内から殻を突き、啄は親が外からたたく。鳥の卵の孵化は、両者が相応し一致したときに卵の殻が破れて雛が出てくるといわれます。修行僧と師の僧とが互いに息があい一体不離となってはじめて開悟の機縁に逢うことができるの意です。

(碧巌録16)

中学でも剣道を続けるということで、先生が変わる。
中学校の先生と小学校の時の先生と指導法が違うかもしれないということが先生の頭にあったと思う。
例え、指導法が違っても、新しい先生を信頼できるようにという意味が込められていたと思う。

この言葉は、中学の剣道部時代、ものすごく役立った。また、剣道を辞めた後、大学のピアノの先生ともそうだし、大学院のピアノの先生ともこの言葉がものすごく役立った。


最後までお読みいただきありがとうございます。 有料記事は、全文を読むことができるように設定しているものもあります。 無料記事に対するサポートもありがたいです。