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この言葉があったから 剣道部時代

転校に伴い、小学校の時の剣道の先生からもらった色紙。

父は、4か月早く、単身赴任をしていたため、中学校の転校手続きを一足先にしていた。
とにかく、中学校へ行ったら、田舎の中学校なので、「○○工場で働いている」と言っただけで、先生方から、「○○工場にはお世話になっていて」と言われたようだ。
必要書類の話をし、ところで、剣道部はどんな感じなのかも訊いたようだ。
田舎の学校で、剣道に力を入れている町だったから、先生方は大喜びだったようだ。

引っ越しをして、3月に入学手続きのために中学校へ行った。書類を提出した後、剣道部は練習中ということで、見学させてもらった。
あとで聞いた話では、「○○県から、剣道部に入りたいという子が転校してくる。」とものすごく噂になっていたようだ。話に尾ひれがついて、「強い子が転校してくる」となっていたようだ。
中学になると、竹刀のサイズも変わるし、袴が紺ではなく白ということが分かり、中学校から紹介された武道具店へ行った。
武道具店でも、「転校生が来るって、先生から聞いています。うちのお姉ちゃんも剣道部だし、弟も入学します。」と言われた。

入学し、部活紹介などを見る前から、すでに剣道部入部は決まっていた。
しかし、この中学校の剣道部がどういうものなのかを知っていたら、入部をするかどうか迷ったと思う。知らなかったから、入部できたと思う。

武道館に入ると、壁に大きな字で「県制覇への挑戦」と書かれている。初めて見た時は、県制覇という意味が分からなかった。そして、剣道部だよりのタイトルも「県制覇への挑戦」となっている。
担任の先生は体育の先生でバレーボール部の顧問だった。家庭訪問のときには、すでに剣道部に入部していたが、バレーボール部に入部させたかったのかなあと思える発言があり、母が「バレーボール部はどんな感じですか?」と訊いたら、「まあ、剣道部と同じようなもんですよ。」という答えだった。しかし、どう考えてみても、剣道部がこの中学校の中で一番厳しかったと思う。次は、バレーボール部か陸上部か水泳部かな。

小学校の時は、本当にものすごくのんびりと剣道をしていた。
しかし、中学校の剣道部で一転した。朝練もあるし、毎日遅くまで練習もあった。土曜日の午前授業が終われば、その後、午後はずっと稽古だし、場合によっては、そのまま宿泊で遠征に行くこともある。もちろん、日曜日も休みではなく、休みはお正月の3が日だけだった。
今の時代、中学校の先生の部活指導時間が問題になっているが、剣道部の顧問の先生は、剣道が本当に大好きで、剣道部員を宝だと言い、剣道指導を熱心にしてくれた。

県制覇への挑戦だが、夏の県大会で優勝すれば、全国大会へ行けるということが、1年生の夏の大会の時に分かった。
そのためには、7月上旬に市の大会でいい成績を収めて、シード権をもらう必要がある。さらに、7月21日、22日に行われる県内の地区大会でもいい成績を収めて、シード権をもらう必要がある。そして、7月下旬の県大会で優勝すれば、全国大会へ、準優勝だと地方大会へ出場できる。
4月下旬に入部して、5月、6月は、3年生の最後の大会に向けて、追い込みの時期だった。
1年生は、先輩たちの稽古がスムーズに進むように、道場を整え、先輩たちと同じ稽古をする。今の時代の子供たちなら、絶対に耐えられないと思う。でも、私は剣道部がどういうものなのか知らなかったため、こういうものかなと思い、日々を過ごしていた。
小学校の時の剣道の先生からもらった言葉もあったし、中学校の先生についていった。
そして、小学校の時の剣道の先生には、毎月の部活だよりをコピーしてお手紙と共に送っていた。毎月、筆書きの「候文」のお手紙で返事が来た。

それでも、関東から関西へ転校し、言葉が違って戸惑うことがあった。
関東では、「バカ」と言うが、関西では「アホ」と言う。先生から「アホか」と怒られると、なんだか、ものすごくバカな気がした。「バカか」と怒られた方が、ショックを受けにくい。逆に、関西の人が「バカか」と怒られるとショックを受けるらしい。

とにかく、体力的にも大変だったが、試合に負けると怒られる。
叩かれたり、突かれたり、蹴られたり、転ばされたり、武道館から外に追い出されたりは日常茶飯事。
今なら、大問題になると思うが、当時は、それも指導の一環と思っていた。
小学校と地域も違うし、小学校と中学校と発達段階も違うし、今までとは違うんだなあと思っていた。
また、県制覇を目指すようなところでは当たり前なのかなとも思っていた。九州、四国へ遠征に行けば、もっとすごかったし。
九州遠征では、のちに伝説となる人たちの剣道を何人も見ることができた。

色紙の言葉にあったように、修行僧と師の僧の考えが一致した時がその時ということを信じて稽古に打ち込んだ。

その結果、1年生の時は、県大会で準優勝だったから、県制覇できなかったが、2年生の時と3年生の時と、2年連続県大会で優勝し、県制覇をし、全国大会に行った。

2年半の部活は、大金をいくら積まれてももう一度やり直したいとは思わない。しかし、この2年半の剣道部生活は、その後の人生で辛いことがあっても、「あのときに比べれば、マシ」と思えるし、貴重な体験をすることができたと思う。

中学の2年半、机の所にこの色紙を飾って、乗り越えた。






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