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創作小説

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創作と書いておけば、何を書いても良いのではないかと思いまして
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2020年8月の記事一覧

Petrichor / 創作

Petrichor / 創作

「結局歳上が良いんだよね」
と、周りの卓に聞こえるくらいの音声(おんじょう)で呟いた女が、卓上のサワーをぐっと飲み干す一景を、私はずっと見ていた。飲み終わったグラスの底で、溶けかけの氷がぐらん、とくぐもった音を立てる。
昔はなんとなくそう思っていた。歳がひとつ上なだけで、感覚値が異様に異なっている気がして。逆を言えば歳がひとつ下なだけで、異様に可愛く見えたりしたのだ。しかしそんなのは妄言だと思う。

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電話という「ニセモノ」/ 創作

電話という「ニセモノ」/ 創作

「電話したい」

私達の関係性など、この五文字でなぞれてしまうほどのものだ。なんとなく貴方に会いたいので、こちらは正直に「会いたい」と意思表示をするのだけれども、「電話でいいよ」という短文が返ってくるのが常である。
理由を聞けば「電話で済む内容だから」らしい。では電話で済まない用とは何なのか。私にはよく分からなかった。嫌ならすぐ辞めればいいものを、なんせ一人暮らしだし、話す相手も居ないから、ほぼ毎

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無題 / 創作

無題 / 創作

昼下がりの一景、夏休みを来週に控えたクラスの中にばらけた、落ち着かない空気が立ち込める。
首の回りが相当悪くなった扇風機は、キシキシと音を立てながら教室をぐるり見渡す。

" 夢を語れ "などと言われても、周りのヤツが書く内容など分かりきったものである。特に横の席の真面目君がスペースの多い紙面に「弁護士」とでかでかと書いてあるのを見た時は身の毛もよだつ思いだった。
黒板には、担任教師によってかかれ

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浄解 / 創作

浄解 / 創作

夏が暑いということは至極当たり前の事だが、九月つまりは秋ともなるとこの暑さが「残暑」という用語に変わる。この瞬間がとっても嫌いなのだ。炭酸飲料がある一点を軸として不味くなるように、あの感覚に似たやるせなさが夜毎浮遊する。
なるほど、秋もとっぷり深まってきたと見えて、風呂場の脇で蟋蟀の音が聴こえる。今すぐ外へ出掛けて一匹ずつ捻じ殺してやりたいような気分になるのは、夏の潮解を細々と感じているからであろ

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