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生まれたくなかったなという話

タイトルの通り、生まれてきたくなかったなと思いながら日々生きている。結婚までしている人間が何を言ってるのか?そう首を傾げる人はまだ優しい方で、ほとんどの人は鼻で笑って軽蔑するであろうこともわかっている。

親からの愛情が無かったとも思っていない。幼少期こそ、両親が私の育て方に関する考えの違いで喧嘩している場を見るたびに「自分がいなければ二人はもっと平和な夫婦生活を送れたのでは」と思ったり、「あんたなんか生まなきゃよかった」と言われて落ち込んだりもしたけれど、大人になった今では「ちゃんと望まれて生まれた子であり、大切に思われている」とは思っているし、理解もしている。

大人になって鬱になったとき、母親には「私のことは嫌いでも縁を切るでもなんでもいいから死ぬのだけはやめてくれ」と言われた。兄と担当医曰く、私の鬱の根本的な原因は母親の私に対する接し方に原因があるとのことだが、その母親からもこんな言葉が出てくる程度には愛されてきた。

他にも私を大切にしてくれている人は多くいる。父親、夫、兄、義両親、友人……

仕事もパート程度にしかしていない現在、私に対して悪意を持って接する人はいないと言っても過言ではないと思う。好意的か無関心か、その二択。環境としては非常に心地いいとは思う。気がかりなんて「家庭内で何か失敗するたびに夫の好感度ゲージが下がっていつかは0になるのでは」というつまらない心配がある程度でそれだけだ。(その心配すらも私の杞憂でしかないこともわかっている)

なのになぜ生まれたくなかった、などと思うのか?これは正直自分にもよくわからないのだけど、強いていうなら「生きる義務感はあれど生に伴う希望はない」というのが答えとして近いと思う。(あとは自分が生きていることによる周りへのメリットはないとも思っている)

結婚してしばらくしたある日、父親に「結婚して少しは生きる楽しみができたか?」と聞かれた。その時の私の答えは「生きなきゃいけない理由が増えたとは思う」だった。もちろん怒られた。

自分が死んだら悲しむ人がいるから生きる、この生きる義務感を「生き甲斐」とかいうのかもしれない。これを理由に生まれてよかったと思う人もいるのだと思う。可愛がってくれる親兄弟に出会えた、かけがえのない友人に出会えた、愛してくれる配偶者に出会えた、可愛がってくれる義両親に出会えた…そういう類の人間だったら私もきっと今頃「生まれてよかった」にあふれた人間だったのかもしれない。

でも、私にとってそれは生きる喜びではなく、どちらかというと「生まれてきてしまったが故に負わされた責任」に近い。

こんなことを言ったら失礼なのは重々承知しているが、たとえ私でなくても「自分たちのDNAを継いでさえいれば」私の両親は私でないその子を可愛がっているだろう。なんならその子が私より優秀であればより幸せな子育てライフを過ごしているに違いない。夫も別の女性との(私なんかと結ばれるよりもずっと)素敵な縁があるなりしていただろう。

別に私が生まれてなかろうが「私以外の存在」にはちゃんとそれぞれ条件に合う私に類似した別の存在があてがわれ、何も問題なく、なんなら現状よりも良い形で世界は回る。私である必要性もないので生まれてくる必要性や理由などは何もない。だから一般的に「生き甲斐」や「生きる喜び」とされる愛やそれを受ける行為を私個人は「生まれてきてしまったが故に生じてしまった役割と責任」として扱っている。

「生まれてよかった、もっともっと生きたい」そんなことを思えることがあるとしたら…それは私が生きる希望や理由を持つ時だと思う。生きる理由とはやりたいこと、自分の手と体と頭で成し遂げたいこと、そんなところだろうか。希望はもちろんそれを成し遂げた後の自分の姿だ。他人ありきではない、自己完結で目標の達成評価まで行えるようなモノである。今現在、私にとってそのような存在は特にない。子供の頃こそ「周りから認められる立派な大人になりたい」なんて漠然としたものがあり、勉強やら習い事やらを必死にこなしてきたが(これすらも随分と他人軸で自己完結のじの字もない)、「いい中高をでて、看護科としてはエリートとされる大学を出て、大きな国立病院に就職した」その時点でその目標達成は終わってしまっている。

結婚もしてしまったし、自分自身が「生まれてきたくなかった」と思いながら子供を産み育てる図々しさも持ち合わせていない。だから私には生きる義務と責任はあれど生きる理由と希望はない。

私にとって、この世はでっかい宝島ではなく、でっかい勤め先なのだ。しかもすこぶる相性が悪い勤め先だ。定時は長ければあと数十年は先になるが、1秒でも1日でも短いことを祈る。

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