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ホテルの部屋に洗濯ロープを張りたくなる気持ち

変なタイトルだが、旅行を計画していてふと3年前のデンマーク滞在の気持ちを思い出した。デンマークのフォルケホイスコーレは全寮制である。私の滞在したホイスコーレは1人部屋から5人部屋くらいまでのバリエーションに富んだ寮があった。本来なら初対面の誰かと一緒に一つの部屋に住むことになるのだが、私は一応一人部屋にしてもらった。

さて、その居室にはベッドと借りた布団、本棚、机、衣料を入れる棚、そしてサニタリールームだ。ここで10ヶ月生活しなければならない。ざっくりと言えば言葉が通じない、考え方も習慣も違う中で、だ。

このときほど、「この部屋が自分の全てだ」と感じたことはなかっただろう。自分の思い通りに生活できる空間はまさにこの一部屋だったのだ。したがって、自分ひとりの身支度は気兼ねなくこの部屋の中ですべて済ませたいと考えた。ホイスコーレには共同で使う大きな洗濯機が3台ほどあったが、使い方も読めないし、使用するコインの購入方法もわからない。何よりもまず心の余裕が全くない。結局当初は全部手洗いして部屋干しするしかなかった。ここで日本から持ってきた洗濯ロープが役立った。なぜ洗濯ロープを持ってきたのかといえば、それほど寮生活のことを知らなかったからである。昔仕事でパリに出張したときに、床が抜けそうな宿に一泊したことがあったが、ヨーロッパでの滞在はそれからイメージするくらいしかできなかったのである。

ただ、予想していたように、暖房で夜間の室内も乾燥することがわかり、この部屋干しはその意味では都合が良かった。

しばらくたって、共同の洗濯機の様子もわかってきて、コインの買い方も他の学生から聞いたりしてわかってきたのだが(みなモバイルペイというデンマークの標準的なモバイル決済を使うので、私が現金を使って買おうとするとびっくりされることもわかった)、その頃には一人分の洗濯物は毎日少しずつ洗えば全然苦にならないし、その時間も十分あったので、結局洗濯機は使うことがなかった。つまり10ヶ月の間洗濯ロープが活躍したのである。このような経験から、洗濯ロープと見知らぬ土地での生活が妙に関連付けられて頼りがいのあるアイテムのように感じられるようになったようだ。

今回の旅行の計画では1週間ほどの期間、着替えをどうするかという問題があった。自分の体が寒暖差に弱くなっているので色々と持っていきたくなる。しかしたくさんの衣料を持ち歩くのは体力的にも厳しいし、何より帰ってからのことを考えると思いやられる。なるべく少ない荷物で過ごしたい。そんなに心配しなくても国内旅行であるし、ホテルの中や周囲にコインランドリーもあるだろうと思いもするが、一応見知らぬ土地である。
ここで、デンマークのことを思い出したわけである。ホテルの部屋に洗濯ロープを張るという発想自体がそれまでなかったのだが、考え方の枠が少し緩んで「生きるためには何でもあり」と思えるようになったのかもしれない。

結果的には洗濯ロープは持っていかなかったが、工夫してかなり少ない荷物で旅行できたことは事実である。

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