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あれから

 ああ、ホントに...
 喪失した左胸をこっそり携帯の画面で確認した時につい出た声

 ぺちゃんこになり、横一文字に縫われた傷跡は生々しかった
 肋骨辺りの皮膚から出ている管の中にはゆっくりと自分の身体から出ていく体液の様が見えた
 ベッドに横になって回診を受けるたび、こちらからはぼんやりとしか見えないその場所がずっと気になっていた
 退院前日にはシャワーが浴びられると聞いたが、それまで待てなかった
 いや、違うな
 そこでいきなり出会うのが本当は怖かった

 自分で望んで全摘にした
 でもどうなっているのかはあくまで頭の中の想像画でしかなかった
 果たして想像通りなのか、違うのか
 ずっと見るのが怖くて、でも現実として受け入れるには感触だけでは無理だった
 連日、いつ見てみようか悩み続け、結局決心したのは退院の2日前

 静かな昼下がり、昼食も済み相部屋の人たちもそれぞれ午睡やテレビ鑑賞、家族との電話など好きな事をしていた
 私はそっとパジャマの前合わせの紐の結び目を解くと、準備していた携帯のカメラ画面を左胸にピントをゆっくり合わせる
 半透明なテープ越しに傷跡がしっかり見える
 手術前に医師が付けたマジックの黒い線と並んで縫い目が綺麗に合わさっていた

 他の人が見たらきっとグロテスクだろう
 ひょっとしたら目を背けてしまうかもしれない 
 でも私には生きてる証がそこには見えた
 想像よりは少し...だったが

 だけど今回、本当にラッキーが重なっていたから私は初期で見つかったとしか思えない
 職場の検診は子宮癌の手術後の予後と休職が重なって昨年は受けていなかったので、2年ぶりでたまたま受ける時期のタイミングがよかった事
 更にいつもならエコーのみにするのだが、悩んで自らマンモを選んだ事
 そして今回のマンモが以前受けた時より、より慎重な撮影だったのが功を奏したのではと
 そして主治医となった医師と良い形で出会えた事
 その全てが重なったからだと

 変な話、マンモを前回受けた時は全く痛みがなかったし、サクっと終わった印象なのだが、今回はやけに痛くて、そして撮影までの時間が長めだったように思えた
 何より検査にあたってくれたスタッフがとても丁寧で慎重な方だったように感じた
 より深く、より間違いない様に私に指示をして撮影して下さったからなんじゃないかと私は勝手に思い、今とても深く深く感謝している
 そしていつも行く病院の乳腺外来の予約が混雑していてその間に医師が代わっていて、たまたま今現在の主治医が代打で別病院から来ていたおかげで素早くそちらの病院へと紹介され、すんなり転院できて手術へ向けての詳しい検査等がスムーズに進んだのもあるだろう
 ほんと、タイミングって大事だと実感

 そうこうした術後、合併症状も出ず1週間もかからず無事退院して、毎日お風呂場でリハビリしながら傷口とにらめっこをする
 ぺちゃんこと最初思ったその場所はぺたんこくらいには皺は伸びたかな
 それでも傷ばかりが目立つ日もあれば、体液が徐々に溜まり、ぷよぷよのいびつな形に溜息の出る日もあり、日々変化する自分の胸に対し、私はこんなに風に対峙しているけれどほんとはどう思い、感じているのだろうって自問自答の繰り返しをしていた
 ずっと感情を抑えていた気もするし、それでも少しずつ傷が癒えていくのと共に感情も和らいできているからかな、素直な気持ちでゆっくり現在を受け入れ、傷よりも今ここにいれてよかった、と感謝する気持ちが1番にあるからだろう

 体癌に続いて乳癌に、と立て続けに子供達にも心配ばかりかけてしまった
 それでも傷跡は多分誰にも見せられないかな、やっぱり
 もちろん同じ病の人になら、あとは娘にならば頼まれれば拒まないだろうけれど
 敢えて見せようとは思えないな、とそれくらいには決心のいるものではある

 病理検査の結果はステージ1
 ただ乳腺から少し出た浸潤癌で顔つきが3段階の2だったので、おそらくホルモン治療を10年間と、飲むタイプの抗がん剤治療を1年受けることにはなるだろう
 私には乳癌以外に、まだ子宮体癌のステージ3C1というのを同時に抱えているから、より慎重にならざるを得ないだろう事は容易に想像できる
 切なる願望としては再発は避けたいな
 とはいえ自分ではどうする事もできないし、
10年は共存か、長いな...
 でも言い換えれば、10年は頑張る意味があるってことでもある
 それに体癌はあと2年半頑張れば寛解だ
 よし、俄然勇気が湧いてきた
 行き着くとこまで、とことん行ってやろうじゃないか
 食事や仕事、体調管理は今は情報はどこからでも得られるくらい沢山あるし、きちんと選択できるはず

 まあそれはそれで自分の事だからいいのだが、通院中も入院中もずっと思っていたのだが、外来で診察を待つ間にすれ違う人、待合室にいる人の多さ、そして毎日の様に入院して来る人が何人もいる事に驚いていた
 確かに外来で診察の予約をする時も1ヶ月待ちだったし、それぞれが何らかの形で自分の身体の異常を感知した人たちばかり
 若い人からお年寄りまで年齢も様々
 誰もがきっと同じ事を思い、心細くながら今日を生きているに違いない
 そういえば同じ日に退院した方も検診で見つかったとおっしゃっていた
 だから言います

 みなさんせめて"検診"は受けましょう

 何もなければそれでOKだし、早く見つかれば治療も軽くて身体だって楽
 自分を守る為、そしてあなたの大切な人を悲しませない為にも
 ほんの少しの勇気でいいのだから

 そしてこんな形でも発信して行く事こそ、きっと私の使命なのかも? なんて思ってみたりしている今日この頃だ

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