月光兄弟の家具屋さん

 そもそも事の始まりは、登録者数五百万人を超える大人気動画配信者の星空スワンさんの雑談配信だった。
 
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 えー次の質問は
『最近買った物でお気に入りとかはありますか?』
 ああー、あるある! あのねー! 私ストーカーにつきまとわれていたと言うのもあって引っ越したのね。それでね新しい配信部屋用の椅子が欲しくて、ネットで探した家具屋さんに行ったのよ。
 そうしたらそのお店にハンドメイド(手作り)のすっごく可愛い安楽椅子があったのね! 欲しーい! ってなったからそれ買って帰ろうとしたの。そしたらお店の人に
『この家具は展示用サンプルでお売りできません』
 って言われたの! 
『これハンドメイドですよね? じゃあ、これと同じ物を注文します! それなら良いでしょ!』
 って言ったら担当の人が
『この安楽椅子は人体工学を学んだ家具職人こだわりの品でして、購入された方にとって本当に使い勝手が良い最高の安楽椅子になって欲しいという思いから、購入を希望される方のお身体のサイズを測らせていただきたいのです』
 って言うの。
 何で椅子に座るだけなのに身体のサイズを測らないといけないの? って思ったけれど、私どーしてもその安楽椅子が欲しかったのね! それでその日はお店で手足の長さとか、肩幅、腰回り、腕の長さ、胴体の長さとかを色々測って料金を支払って、出来上がったら家に届けて下さいって言って住所を渡して帰ったの。
 しばらくしてそこの家具屋から注文した安楽椅子が届いたから配信部屋に置いて使い始めたのだけれど、もーっ! 最の高! 可愛いけれどどこか不気味っていうデザインは一目見たときから気に入っていたけれど、可愛いだけじゃなくて本当に使い勝手まで良かったの!
 あのね私ね、配信中に興奮すると手とか足をバタバタさせるでしょ? そうすると今まではゲーミングチェアの肘掛けとか足にぶつけて痛いなぁ! ってなっていたけれど、新しく買った安楽椅子は私がぶつけそうな箇所にはあらかじめ綿を入れた布を張ってくれているから全然痛くないの! 
 他にもゲームの実況配信って二時間とかよくあるじゃない? ずーっと椅子に座りながら配信するのだけれど、椅子が革張りだと汗が蒸れてくるのね。でもこの安楽椅子は最高級ウールを張ってあるから通気性も快適さもバツグンなの! 入っている綿も固すぎず柔らかすぎずの絶妙な調整だから、座りっぱなしでも全然腰が痛くならないし、何だか誰かに後ろから優しく抱きかかえられているのじゃないの? って思う位すっごく快適!
 え? 
『スワンちゃんと同じ安楽椅子が欲しいです。どこのメーカーですか?』
 えっとねー、メーカーは月光家具屋って言う本社は大阪堀江の立花通りにある店なんだけどー、ネット注文は受け付けていないのね。それに自分の販売店は持っていなくて、リアル店舗を持っている大手の家具屋さんに注文窓口だけを作って、注文されたら作るっていうオーダーメイド専門の家具屋さんみたいなのよ。
 ネットで調べたら、月光将甲(げっこう しょうこう)さんって方が社長を務めていて、月光幽兵(げっこう ゆうへい)さんっていう凄腕の家具職人さんがメインで作っているみたいなの。月光ってずいぶん珍しい名字ね? って思ったら、やっぱりこの二人は兄弟で最初はこの月光兄弟二人だけの家具屋だったんだって。 
 
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 こないだの雑談配信で月光家具屋っていう家具屋さんの安楽椅子を買った話したじゃん? あの配信が終わってすぐにSNSで月光家具屋さんの公式アカウントから
『星空スワンさん、当社の宣伝をしてくれてありがとうございました。後で事務所の方に正式なお礼状をお届けします』
 っていうお礼のメッセージが届いたの。メーカーさんは律儀だよねー。
『月光家具屋さんで買った家具が私の家にも届きました。すっごく可愛いデザインなのは確かですが、どことなく不気味にも見えますよね?』
 そうなの! でもそこが気に入って買ったのよ! 安楽椅子の背もたれの飾り部分とか足とか材料は白い木製だと思うのだけれど、人体工学って言うの? どことなく動物の骨を使って作ったようにも見えるのよねー。すっごいスベスベで撫でていると気持ちいいの。
 デザインに含まれるのだけれど家具職人のお遊びも面白くてさ、家具に本物のメガネを組み込んで作ってあるのね。それに家に届いたときのメッセージカードに
【とっても可愛い安楽椅子が出来ました! 安楽椅子のスーくんです! 大事に可愛がってあげて下さいね!】
 って書いてあって、それがまたセンスが良くて満足しているのよね。
 
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 数日後、提供案件の打ち合わせで星空スワンが事務所に行くと
「スワンさん。これがこの間の配信で取り上げられて、後で正式なお礼状を送りますって言っていた月光家具屋さんから届いた手紙です」
「ありがとー、家に帰ってから読むわ」
 と答え、事務所から帰った星空スワンが安楽椅子に座りながら手紙を開けると、中身は箔押しのお礼状と家具職人の月光幽兵氏のインタビュー形式で、この家具がどうやって出来たのかが書かれている手紙が封入されていた。
 
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「幽兵さん、このような可愛いデザインで、しかも快適で使いやすい安楽椅子は、どのようにして出来上がったのですか?」
「まあ、デザインや使い心地にももちろんこだわったんやけどな、一番こだわったんは使う材料や。どんなに腕が良くたって材料がワヤではお話になりまへんからな」
「家具で高級な木材と言うと、紫檀、黒檀とかですか?」
「タンスとか仏壇ならそうかもしれへんけどな、アンタ安楽椅子を作るのに最高の素材言うたら人間ですわ」
「え? 遺族に許可を取って火葬した人間の遺骨を使ったとか、そういう意味ですよね?」
「ちゃうちゃう、マジモンの生きている人間やがな。ワシ、家具職人になる前は外科手術に使う医療機器メーカーに勤務していましてな、そこで先天性の頸椎側弯症(けいついそくわんしょう)の治療用機器をこしらえたんや」
「頸椎側弯症?」
「生まれつき椎骨(ついこつ 脊椎の分節をなす個々の骨の事)が通常と違う形で産まれてくる事によって、成長するにつれて背骨が曲がったりしてくる病気やな。これを特殊な電磁波を背中に照射する事で、手術で切ったりせずに椎骨の形を変えて病根そのものを根治する機器を作ったんや。この技術を応用する事で、人間の身体を生きてるまんま家具の材料に作り替えてしまうんやな」
「そ、それは、良い家具を作る為にですか?」
「それもあるけどな、ワシかて何の罪も無いそこら辺の道歩いているオッサンを無理矢理捕まえて材料にはせえへんよ? コイツは人間をやらせとくより家具にでもなった方がマシや、という奴だけを説得して本人も納得した上で作り替えるんや」
「では今回、星空スワンさんに納品した安楽椅子の材料には誰がなったのですか?」
「んなもん決まっとるがな。スワンちゃんにしつこくつきまとっとったストーカーや。誰にもバレる事無くスワンちゃんの自宅に合法的に入り込んで、二十四時間ずーっと監視できる方法があるで? と誘ったらホイホイ付いてきて自分から喜んで機械の中に入って行ったで?」
 
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 ここまで読んだ星空スワンは安楽椅子から飛び上がって床に移動した。ここに引っ越す前に警察にストーカー被害を訴えたときに、この男がストーカー行為を働いていました。この人に見覚えはありますか? と警察署でマジックミラー越しにストーカーを見た覚えがある。そのときを思い出してみるとまるで見覚えは無かったが、確かメガネをかけた男だった。震える手で手紙をつまんで続きを読み始めた。
 
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「しかし、何でまたストーカーを材料にした家具をよりによってストーカー被害者本人に納品したのですか?」
「いくらお巡りさんがもうストーカーはいなくなりました、安心して暮らして下さい言うたかて、元々見えないストーカーやったら本当かどうか解らんくて、被害者はいつまでたったかて安心して生活できへんやん? 死刑になった訳でもないし刑務所に入っとる訳でもあらへん。それに警察の監視が無くなったら、またストーカー行為を再開するかもしれへんやろ? ならいっそのこと二度と嫌がらせやつきまとい行為が出来へん家具にして、自分の手元に置いて監視しとく方が被害者も安心できるやん?」
「そ、そこら辺はかなり意見の分かれる所だと思うのですが?」
「ワシとしてはかなりの温情措置やと思うけどな? 犯罪者が更生するのに一番の方法は他人から感謝される事やん? 迷惑をかけた被害者に使われる家具に生まれ変わって良い家具やなぁ、コレ買って正解やったわ。と毎日被害者から感謝される。これこそが一番犯罪者が非道い事して申し訳なかったなぁ、すいませんでした。と自分のやった罪を反省して二度と犯罪なんかやりませんという気持ちにさせる思うけどな? ワシは被害者だけやのうて、加害者も救ってやりたいんや。昔から言うやろ? 罪を憎んで人を憎まずと」
「しかし、月光家具屋さんは良い家具を作って販売するのが商売ですよね? 良い家具を作る材料に生きた人間が必要となると、すぐに材料が入手困難になると思うのですが? それに何故今までこのような人体実験まがいの行為が警察にバレなかったのですか?」
「そんなこんなら心配あらへん。何せ、ウチの兄貴が地元の警察署長と大の仲良しやから、いなくなっても誰も困らんチンピラとかゴンタクレをいくらでも紹介してもらえるんや。ウソやと思うんやったら警察署長本人に聞いてみたらええ。確か署長のSNSアカウントのIDがJamPoizon542gやから自分で確認してみたらどや?」
 
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 ここまで読み終えた星空スワンは手紙をスマホのカメラで撮影すると、『この手紙に書かれている事は本当ですか?』と書かれていたSNSのIDに画像を添付してメッセージを送信した。
 
 同時刻
 
 星空スワンからのメッセージをスマホで受け取った警察署長は添付された画像で手紙を読んだが、最後の画像に映っていた差出人の名前を見ると腹を抱えて笑い出した。
 なぜなら今から十年前に署長の警察学校時代の同期が、何度も刑務所のお世話になっている筋金入りのゴンタクレだった弟を更生させる為に、警察官を辞めて兄弟二人で家具屋を始めたのだ。
 しかし弟の家具職人としての腕前は超一流で、作った家具はどれも大好評で売れてしまい、大量に入りすぎた注文を弟一人ではとてもさばききれなくなった。
 それを切っ掛けに、刑務所を出所した元犯罪者の身元引受人になり、刑務所内で覚えた家具作り技術で生計を立てさせ、今では数多くの元犯罪者を更生させたので警察関係者の間では有名な月光家具屋の社長、月光将甲の名前が書かれていたからだ。
「アイツ、社長にまでなった言うのにまだ小説家になりたいんか? アイツの作り話は昔からおもろいけど、ホンマ江戸川乱歩好きの元文学青年やなぁ」  
 

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