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「特ダネは最終版だけ」が日経にもまだあった 日銀の金融政策修正案報道

 当局がまだ明らかにしていない重要ニュース、いわゆる「特ダネ」は、最終版だけに載せて他紙に追い付かれないようにする――。これが新聞業界の常道です。

 日本経済新聞は昨今、この常道に反し、毎日18時に電子版で、翌日付朝刊掲載のトップ級ニュースを配信する「イブニングスクープ」を続けてきました。

 しかし特ダネ中の特ダネとなると、日経も「最終版だけ掲載」に踏み切るようです。2023年7月28日付朝刊最終版に載ったのは、日銀が金融緩和策の修正案を議論するというもの。長らく続いた「イールドカーブ・コントロール」(YCC、長短金利操作)に修正を加えるというものでした。


今回の特ダネ掲載状況

日本経済新聞(大阪本社版)2023年7月28日付朝刊紙面。右上が13版、左下が14版(最終版)

 28日付紙面の13版までは、FRBの利上げに関する記事がトップでした。

 最終版の14版になるとうってかわって、日銀の金融緩和策修正案のニュースがトップに躍り出ます。

 電子版でも28日午前2時に配信。各紙が朝刊編集を既に終えている時間に合わせての配信でした。

 理屈上は、13版の締め切り後に裏が取れて14版のみにかろうじて載せることができたと考えることも可能でしょうが、これほどの大ネタですし入念な準備があったと見るほうが妥当な気がします。

夕刊以降のフォロー

 13版地域は朝刊にこのニュースがありませんので、夕刊3版でフォローすることになります。

日本経済新聞大阪本社版。右から2023年7月28日付朝刊13版、同夕刊3版、29日付朝刊13版

 28日付夕刊3版の締め切り時点ではまだ、金融政策決定会合での結論は明らかになっていませんでした。しかし債券市場は既に日経報道に反応して10年債の利回りが一時0.505%へ上昇しました。

 そのため夕刊3版の内容は、朝刊14版の内容をベースに、債券市場の金利上昇の要素を加えたものとなっています。

 では最終版地域ではどうだったのでしょうか。

日本経済新聞大阪本社版。右から2023年7月28日付朝刊14版、同夕刊4版、29日付朝刊13版

 夕刊4版は、金融政策決定会合でYCCの修正が結論づけられたため、横見出しを大きく取って結果を報じました。長期金利もさらに上昇し、0.575%をつけています。

 なお翌29日付朝刊1面は13版が最終版となり、その後の紙面差し替えはありませんでした。

たかが前うち、されど前うち

 日経は、毎日18時に翌日付朝刊のトップ級ニュースを電子版で配信する「イブニングスクープ」を2017年から続けています。

 2018年に日経が公開した記事では、企画の趣旨を次のように説明しています。

公開直後にはスマートフォン(スマホ)の日経電子版アプリに通知するほか、ツイッターの電子版アカウントでも流す。スマホの利用が増える帰宅時間帯に、多くの人に読んでもらう狙いだ。

紙面をつくりそれが届く時間などを考慮し、朝刊の記事はネット公開も深夜になりがちだった。だがスマホやSNSの普及で情報を素早く知り、読者間で共有するニーズが高まっている。電子版では昨秋のリニューアル以降、イブニングスクープ以外の記事も早めに公開するデジタルファースト報道を強化している。

日経電子版『イブニングスクープ ネット先行で記事発信』(2018年10月15日)

 平山進『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)によると、日経のイブニングスクープでは、データ分析や調査報道など独自の切り口による取材を元に記された記事が多いといいます。他社が簡単に追い付けるものではなく、時間の経過に耐えやすい内容です。

 データ・ジャーナリズムをもとにする記事は、これまで新聞が血眼になっていた「前うち」の記事とは本質的に違う。新聞記者は官庁の記者クラブに所属し、その官庁が作成したペーパーを他社より早く抜き報じる、そのことの競争でなりたっていた。
 が、そうした「前うち」の記事は、半日たてば、他社も報じてしまう「コモディティ化した記事」、つまり有料会員が読むような記事ではない、と社長の岡田は言っているのである。

平山進『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)

 またイブニングスクープをはじめとした、配信時刻の繰り上げは、紙面製作のスケジュールの繰り上げにも貢献するため、働き方改革にもつながっているそうです。

 では今回の日銀のYCC修正案に関する特ダネも、「たかが前うち」の価値しかない記事なのでしょうか。ここは意見が分かれるところかもしれません。

 今回の特ダネのおかげで、日銀の金融政策決定会合のゆくえに注目が集まったことは間違いないでしょう。もちろん金融関係者は、以前からYCCの修正あるやなしやを、決定会合がどう判断するかに熱く関心を寄せ続けてきています。半日早く報じられたことにより、さまざまなビジネスが動いたことは考えられます。その意味では、半日早いだけでも、満たした読者のニーズは大きいかもしれません。

 イブニングスクープがすっかりおなじみになった日経が、「早刷りには伏せて、最終版だけに載せる」という伝統芸能まで演じて特ダネを演出するほどです。やはり「されど前うち」に値するニュースは、今後もあり続けるのではないかと思いました。

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