お母さんは坊主めくりをしない
五年生の冬休み、百人一首の中の十首を暗記してくることが宿題になった。だけど友だちと遊ぶときは百人一首を覚えるんじゃなくて、坊主めくりばかりをしている。
わたしの家で、近所の女の子と四人で坊主めくりをしていた。そこへお母さんが、オレンジジュースを運んできた。
「お母さんも坊主めくりする?」
わたしはたずねる。
すると、化粧をしないお母さんの顔が青くなった。まるでユーレイに会ったみたいに、おどろいたみたいに、大きく目を見開いている。
「どうしたん?」
わたしは心配する。
「いや……アンタらだけでしい」
お母さんはジュースの入ったグラスを置くと、部屋から出て行った。
正月。お母さんの実家へ行く。実家には、お母さんのお姉ちゃんのユミちゃんがいる。ユミちゃんは結婚していなくて子どもがいない。そして塾の先生をしている。だから、ふだんからお昼まで寝ているので、冬休みもお昼ごはんのときまで部屋から出て来ない。わたしは一階でお父さんや妹と大声で遊ぶのに、ユミちゃんは気づいてくれないみたいだ。
ユミちゃんはパジャマのまま昼ごはんを食べる。いつものことだ。おばあちゃんもそれには何も言わない。ごはんを食べながらもユミちゃんはあくびばっかりしている。
おばあちゃんとユミちゃんとお母さんが冷蔵庫の近くのいすにすわり、わたしはユミちゃんのとなり、妹はお母さんのとなりでごはんを食べる。お父さんはわたしと妹をかんしするように、テーブルの短い辺でだまって食事をしている。
ごはんが終わりそうになったころ、
「ユミちゃん。坊主めくりしようよ」
わたしはユミちゃんの上着をひっぱった。
「うん。いいよ」
ユミちゃんはまだあくびをする。
「あんた、先着替えてきい」
おばあちゃんが言う。
「うん」
ユミちゃんは立ち上がる。
「ユミちゃん、百人一首、持ってるん?」
わたしは聞く。
「ああ……押入れの中にあると思う。すぐ出せるから待ってて」
ユミちゃんは二階へ上がる。
「あんた、どうしたん」
おばあちゃんがお母さんに聞いている。お母さんはこのあいだと同じで、顔色が良くない。
「わからへん。でもアタシ、坊主めくりって聞いたら気分が悪くなるねん。なんでやろう」
お母さんはこめかみをおさえている。
「覚えてないか? あの子がチリちゃんくらいのときのこと。正月」
わたしの名前が出たから、わたしはそれだけでもうれしい! お母さんがわたしくらいの年のころ、どんなことがあったんだろう? お母さんはあんまり話をしてくれない。
「覚えてない。アタシがチリくらいってことは、お姉ちゃんは中二とかのころ?」
「そうそう」
おばあちゃんが言ったとき、ユミちゃんが降りてきた。
「なあユミ」おばあちゃんが言う。「あんたが中学生のころ、ナオと坊主めくりたことあったなあ」
ユミちゃんはもうテレビの前にすわりこみ、百人一首の絵札をなつかしそうにながめ始めている。
「ああそうそう! アタシがホラー映画好きやからさあ、そこのテレビでホラー映画見ながら坊主めくりしてたら、ナオ、こわがって気絶してもたんよな」
「思い出したぁ!」ナオ、こと、わたしのお母さんが言う。「そうやわ! 絶対にそうやわ。アタシ、お姉ちゃんのせいで坊主めくりがトラウマになったんやわ」
「そっか」ユミちゃんは八重歯を見せて笑う。「じゃあ部屋からホラー映画のDVD持って来なアカンな」
「いや。そんなん言うんやったらもう帰る」
「えー」わたしはお母さんにいやがらせをしてみる。「アタシ、ホラー映画見ながら坊主めくりしたいなぁ」
「本気?」
聞いたお母さんの目には、涙がたまっている。
「うそうそ。なあ、ユミちゃん」
「どうかなぁ」
ユミちゃんは言ったけど、結局二階へ行くことはなかった。
お母さんも混ざって、みんなで、六人で、坊主めくりを楽しんだ。
お母さんの弱みを知ることができたから、ことしのお正月は楽しかったな。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?