水は血よりも濃いのかなあ?

 妹は、毎年暮れに帰国する。彼女が結婚し、カリフォルニアで暮らし始めてから、もう十五年以上経つ。そのあいだに妹は、三人の子どもをもうけた。上と下が男で、真ん中が女だ。不甲斐ないわたしが五十歳近くになっても独身で、同居している母親から小言をいわれるたびに、「ナオが三人産んだからええやん」とごまかしている。妹があと一人産んでくれたらトントンじゃないか、と思うが、彼女ももう四十代に入った。四人目を望むのは身内の身勝手だろう。

 ときどき夫も来日する。アフリカ系の黒人である。おとどしに会ったときには、子どもたちから日本語を教えてもらうと言って、「アリガトウ」「イタダキマス」など、しゃべれるようになっていた。

 今回は妹が一人で、三人の子どもたちを連れて帰って来る。わたしは軽自動車しか持っておらず、母は八十を過ぎて免許を返納している。だから関西国際空港まで出迎えに行くことができない。彼女たちがうちに着いたのは、ちょうどクリスマスイヴからクリスマスへ、日づけが変わるころだった。母は眠っている。妹は大きなスーツケースを二つ提げ、背中にはまだ一歳になったばかりの甥を負っている。

「おかしなサンタクロースやな」とわたしがからかうと、日ごろはほがらかな妹が珍しくわたしを睨み、

「人の気も知らんと」

 と言った。それは確かにそうだろう。軽率だったと反省した。

「ママ眠い……」

 長女のちーちゃんが目をこすっている。まだこの子は五歳半なのだ。飛行機におよそ半日乗り、関空からうちまでは、さらに三時間、電車や空港リムジンバスを乗り継がなければならない。

「ちーちゃん。一緒に寝よっか」

 姪の手を引く。姪は大きくうなずく。

「いっつもごめんな、お姉ちゃん」

「気にすんなって」

 わたしはもともと子どもが好きなのだ。

 二階への階段の一段目に足をかけたところで、姪が、「抱っこ」と言い出した。

「お姉ちゃん、無理せんでいいよ。もうチリ。久しぶりやからって甘えて……」

「大丈夫やで」

 姪を抱き上げたものの……五歳半の姪。とても痩せているのに確かに重い。二階までの十二段の階段を昇り詰めたとき、彼女はわたしの首へ両腕を回し、眠ってしまっていた。


 翌日の朝食のときだった。

 母親がトーストとサラダだけの簡単な食事をテーブルに並べる。妹は、朝から元気に暴れ回る三人の子どもたちを、叱る気力もなさそうだ。なのでわたしが子どもたちの相手をすることにした。四人人で、狭くて築五十年になろうという古い家を駆け回っている。

「ちーちゃん。危ないからそっち行ったらアカンでぇ」

 わたしが笑いながら言うと、姪が真顔でわたしに近づいて来る。何ごとかと身構える。何か気に障る叱りかたをしたのだろうか?

「ちーちゃんじゃない」

「へ?」ではどなたさま? と、心の声。

「ちり! ちりちゃん!」

「は、はい。ちりちゃん……」

 わたしがうろたえる様子を台所から見ていた母が、

「アンタ、相当なめられてんねんな」

 とからかう。妹も笑っている。

「そんなことないよなぁ。ちりちゃんとは仲良しやもんなぁ」

 わたしは姪を抱きしめる。姪の、父親譲りのクルクルしたくせ毛からは、麦わらのような香りがした。


四百字詰め原稿用紙 四枚 了


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