わさびなる一族

 柳家わさびさん。という噺家さんがいる。うちの姉はこの人の大ファンだ。わたしたちは関西に住んでいるために、テレビでしかわさびさんを拝見することができず、姉はがっかりしている。なのでわさびさんが出ているテレビ番組は、子ども向けのものであっても、録画して、欠かさずに観ているらしい。

 わたしは結婚して実家を離れている。とは言え実家までの所要時間は、下道を使って車で小一時間ほどである。

 ある日、姫路へ車で出かけた。さすがにバイパスを使う。姫路バイパスは無料である。途中、姫路市内のパーキングエリアで休憩をした。売店には姫路の駅そばの店が入っており、小学生の娘二人とわたしたち夫妻の四人は、そこでめいめいに食事をとった。

 食事を済ませたあと、同じ建物の中にあるセブンイレブンへ娘たちが駈けて行く。夫とわたしは、

「所詮セブンやろ」

 と高を括っていたのだが。足を踏み入れるなり、赤穂名物討ち入りまんじゅうや、姫路城のイラストを描いた包装紙に包まれたラングドシャアなどが並んでいて、なかなかお土産に良さそうである。

 娘たちは店中を駆け回り、「これ買っていい?」攻撃である。

 わたしたちは、「アカン」と言う。娘たちが持って来るものは、どれもどこのコンビニエンスストアでも手に入るものばかりだったのだ。そんなことを繰り返しながら、母と姉とのお土産になりそうなものを、夫とゆっくり物色して回った。

 その店のある棚に、昔よく駄菓子屋で見た、うまい棒や、魚のすり身を薄くして、しょう油の味を付けたものなどが並んでいる。

 いや。ただ並んでいるだけではない。一袋に三〇個ずつ入って、一かたまりになって販売されているのだ。

 魚のすり身を使った駄菓子――正式な名前は知らないのだが――については、夫もわたしも、その味にしか目が行かなかった。

 わさび味である。

 夫は夕食のとき、固形のものは殆ど食べずビールばかり飲む。そのつまみに良さそうだと言う。わたしは辛いものに目がないからその味でいい。

 結局、夫とわたしが選んだものだけを買うことにした。

 目的地へ着くまでのあいだ、娘たちはわたしたちが買ったものを見て、

「お母さんら、勝手やわ」

 と拗ねた。子どもたちにわさび味を食べさせてみたが、舌でぺろりと一度舐めただけで、二人とも泣きそうな顔になった。家から持参していたお菓子を与えておいた。


 その翌週。日曜日のこと。姉からLINEにメッセージが届いた。

「チリからチェーンメールが届いたで。したらアカンことはちゃんと教えなアカンやろ」

 すごく怒っている。わたしも娘からそのメッセージは受け取った。わたしたちの頃のそれは手紙だったのに、今どきはLINEなのだなあと感心しただけで、叱ろうとは思いもしなかった、し、お笑いずきな姉がこの程度のことを笑いに変えられないことにも驚いた。

 わたしは娘たちに、こんなふうに感じる人もいるから、気を付けなさいとだけ言っておいた。


 さらにその翌週。

 姉が車を運転し、八十を過ぎた母をうちへ連れて来た。娘たちは姉に対してまだ委縮しているようだった。いつもは姉に我先にと飛びかかって行くのに、きょうはしなかった。姉も子どもたちへ視線を向けない。

 キッチンのテーブルを囲んで雑談をする。母も姉も食いしん坊なので、いつもおやつを出し続けなければならない。

 テーブルの隅に例の「わさび」が残っていつのを姉がそれを見つけ、「食べていい?」と言う。口調はまだぎこちない。

 もちろんかまわない。

 一口食べて、

「これ食べ出したら止まらへんわ!」

 姉がやっと視線を合わせてくれる。

 夫とわたしは苦笑する。

 母は、

「アタシもこれやったらなんぼでもイケるわ」

 やっぱり喜んでいる。


 また姫路へ行く機会があったら、母と姉のために三〇個入り一袋ずつ、封を切らずにお土産にしようと思う。

 あ。子どもたちが観ているテレビに柳家わさびさんが出ている。

 わたしたちは「わさびなる一族」なのである。

四百字詰め原稿用紙 五枚

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