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作られた笑顔

男たちは新人バイトの笑顔に夢中になった。
彼女は目を細めて、口は閉じたままで口角をあげる。それにより目尻と近付く口角。
これが新人バイトの笑顔。
「新人バイトの子の笑顔が可愛すぎるぅ」
「次のバイトの飲み会で絶対にあの子の隣に座って、あのスマイルを間近で見てやる」
「彼氏いるのかなー? あの笑顔は誰かのモノ?」
「店長が定期的に開催する飲み会ダルかったけど、今回ばかりはオレ、あの子に負けないくらいの可愛い笑顔になっちゃうよぅ」
一方、僕は無関心。
それは彼女の笑顔が作られたモノにしか見えなかったから。
飲み会の当日、男たちはさりげなく新人バイトの隣を奪いあった。
遠慮がちに中々座らない彼女のせいで、男たちは座敷をウロウロ。
その滑稽な様子を眺めていたかったが、女性陣に見破られそう且つ、自分もそれに属していると思われたくなかったから適当な位置に座った。
結果、彼女の両隣は女性になり、誰も勝ち取ることができなかった。
二次会には「明日、大学早いんですみませーん」と参加せず、足早に去った。
安い居酒屋の飲み放題のコーラは甘さが強くて好まない。正真正銘のコーラを求めてコンビニに立ち寄った。
「あ、お疲れ様です」
振り向くと新人バイトだった。
「あれ? 二次会は?」
「お酒飲めないし、私も明日大学だし行かなかったんです。口直しにアイスでも買おうかなって思ったら、……いたので声かけました。すみません」
「あっ、名前は平田」
「あっすみません」
彼女が目を細めて笑った。やはり作られた笑顔にしか見えない。
「大袈裟だけどさ、歓迎祝い? にアイスおごるよ」
「いいんですか? ありがとうございます」
また目を細めた。
この笑顔に翻弄される男たちが理解できない。
僕にはわざとらしくて不快にすら感じた。
コンビニを出て、自然と同じ方向に進む。
僕はコーラ、彼女はチョコモナカジャンボ。
飲む人間と食べる人間。
話題提供をする役目は前者の人間のような気がした。
「チョコモナカジャンボって、たまにモナカがサクサクしてないときない?」
「あっ、ありますね。これはサクサクです。当たりです。ご馳走さまです。ありがとうございます。コーラ好きなんですか? モナカ、一列いります?」
箇条書きのような話し方の彼女が、また作られた笑顔を見せてきた。
「なんかコーラ飲みたくなって。モナカいらない。そういえば、さっきコンビニ前で背広のおじさんがしゃがんでコンビニ弁当食ってたの見た?」
「あー、いてましたね」
「若い人だったらわかるんだけど、大人でさ、たまにあんな人を見かけると、飯に興味ないんだろなーって思うんだよな。コンビニ弁当が美味しくないとかそんな話じゃなくて、せっかくだったら家で落ち着いて、ちゃんと座って食べたくない?」
「うーん、どうですかね。むしろあのおじさんって、ご飯に興味アリアリなんじゃないですか? 自分が一番食べたい瞬間に食べてるし、店で温めてもらって熱々で食べてますし。実際、私たちも、コーラ飲んでるし、アイス食べてるし。こういうのとても美味しいじゃないですか。歩きながらなのに」
異論を唱えられた。意外だった。
作られた笑顔を見せる人は相手に同調する。僕はそんな固定観念にとらわれていたのかもしれない。
「明日、大学何時から?」
自ら取り上げた話題から逃げた。
「9時からです。大学何年生ですか?」
「2年」
「そうなんですね」
「何年?」
「……4年です」
「……え!? 年上かい! ……すみません!」
彼女が笑った。
目を大きく見開いて。
歯を全て見せるように。
僕は新人バイトの本当の笑顔に夢中になった。