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元女子大生の小説批判!~出雲の掛け軸~

「目が合った瞬間、運命を感じた」(原文ママ)
「初めて君と目が合ったときから好きだった」(原文ママ)
「訃報を知ったばかりのような世間の眼差し。それを平然と包み込んだ二人。あの日、夕暮れに目を細めず、視線をぶつけ合った。だから成し遂げられた偉業だった」(原文ママ)

最近完読した三冊の恋愛小説に出てきた文章。
別々の主人公たちは、「目が合う」ことで恋に落ちたらしい。

私はコラムニスト。
大学に入学してすぐ、軽い気持ちで〈女子大生の小説批判!!〉というタイトルでブログを始めた。
平日に一冊の小説を読み切り、土曜日にいわゆる読書感想文を書き、一晩寝かせて、日曜日に再確認して、正午にアップ。誰かにやらされたわけではない。自主的に取り組んだのだ。
アクセス数が増えることが楽しかった。流行りの小説を取り上げるとさらに増えた。批判が強めの文章になると、アクセス数が減る傾向にあった。小説の面白みを見つけて褒める。そして、「確かに面白かった。でもこれくらいの面白さなら、カフェで友達と話してた方が楽しかったかも」と、女子大生ならではの軽い意見を述べる。そこから、具体的な理想のストーリー展開を綴る。
様々な傾向と対策を立てながら、二年間、一度もブログの更新を怠らなかった。その結果、とある出版社から連載の依頼が来た。
「ブログではなく、ウチの雑誌で〈女子大生の小説批判!!〉をやりませんか?」
二つ返事で引き受けた。
今まで通り、自分で小説を選び、日曜日に提出。
唯一変わったことは二千五百字にまとめること。
驚いたことは一本五千円の報酬がもらえること。
読書も、文章を書くことも好きだった私にとったら天職。就職活動もしなかった。
連載が始まるとブログは閉鎖するのではなく、〈表紙大改革!〉と変更した。
内容は、連載で取り上げた本を「このストーリーなら表紙はこうあるべきだ!」と勝手に架空の表紙を作り、アップした。
大学を卒業すると〈女子大生の小説批判!!〉は〈元女子大生の小説批判!〉と変化して、継続した。〈!〉を一つ減らしたのは編集者のアドバイスだった。
「ビックリマークを一つ減らすことで大人になった感じがする」
素敵な変化だと思った。報酬は一本一万五千円になった。
更に、〈表紙大改革!〉は別の雑誌で連載が決まった。こちらの報酬は一本三万円。暮らしていける収入は得られた。
そんな生活が二年続くと、〈元女子大生の小説批判!〉が一冊の本になった。
売れ行きも好調で、ある程度余裕を持った暮らしができるようになった。
順風満帆に思える私の生活は、全く順風満帆ではなかった。
なぜならば私の生活は、本を読み、パソコンと睨み合い、架空の表紙を作る、これだけだった。時間的に、これしかできなかったのだ。
恋愛自体が遠距離にあった。
高校の時は、溺れないほどの恋愛を何度かした。しかしブログを始めてからは異性と食事にすら行っていない。同性とも数える程度。
それにより恋愛小説を読んでも「くだらねぇ」と思うようになってしまった。批評する上で「くだらねぇ」は禁物。あくまでも、作品に真摯に向き合うことが大切だった。
先々週に取り上げた〈風の河川敷〉、先週に取り上げた〈グリオットと過ごした夏〉、そして今週の〈出雲の掛け軸〉、なんと偶然にも三作品全てが「目が合う」ことで恋に落ちる内容なのだ。純文学に振り分けられる〈出雲の掛け軸〉でさえ。
ならばと、私も「目が合う」ことに真摯に向き合ってみた。

今、私はカフェでこの原稿を書いている。
まさに今、カフェにいるのだ。

斜め前の30代らしきサラリーマンを見つめてみよう。
視線を感じたのか、サラリーマンがこちらを見た。
目が合った…………何も思わない。
やはり、目が合うだけでは恋は始まらない。
次に、男性店員の目を見つめた。
一向にこちらを見ない。
10分は経過しただろうか。
ついにこちらを見た!
10分間も見続けた結果、ついに目が合った! …………何も思わない。

目が合うだけで恋は始まらない。

この結論をパソコンで打っていると、カフェの扉が開いた。何気なくそちらを見た。行動に意味などない。物音がした方向を見る犬のように、そちらを見た。
入店したのは長身のニット帽を被った男。お洒落のためにニット帽を被っているのではなく、防寒のために被っている様子。そこに妙な好感を持った。
寒がりなんだなと思って、一瞬店内を見回し、またニット帽の男を見ると、目が合った。

……あれ? ……何か感じ取ってます私。
あっ、私、目が合って恋に落ちる原理が分かったかもしれません。

同じタイミングで「目が合う」と恋に落ちる。ということかもしれません。

寸分の狂いもなく目が合う。少しでも早くどちらかが目を見ていたら駄目。誤差があってはならない。一瞬の時間差も、刹那の時間差も。
刹那の刹那の狂いもなく目が合えば恋愛小説のように心が動くのかもしれない。
実際に私は今、動揺しています。
だって、私たちは今、刹那の刹那の刹那の狂いもなく目が合った。

ここに宣言します。
私は今から一世一代の勇気を振り絞り、ニット帽の男性に声をかけにいきます。

もし来週からこの〈元女子大生の小説批判!〉がつまらなくなっていたら……声かけ(絶対に逆ナンとは言わない!)が成功したんだ! と思ってください。
もし来週から〈表紙大改革!〉の架空の表紙が手抜きに感じたら、彼とうまくいったんだ! と優しい目で見守ってください。
もし来週、いつもよりパワフルな文章を書き、尚且つ手の込んだ架空の表紙を描いていたら、撃沈したんだ……! と思ってください。
では、また来週の〈元女子大生の小説批判!〉で会いましょう。
〈表紙大改革!〉は違う出版社なので、そこまで宣伝はできませんが……。

結論、〈出雲の掛け軸〉は恋愛に勇気が出ない方の背中を少しだけ押してくれる本かもしれません。

 (ゆみやかおり)