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告白する勇気、小なり、返事する勇気

初めて彼氏が出来そうです。

私の名前は吉仲 羽澄。よしなか はずみ。
大学3年。
真横にいる男の子は日阪 走。ひさか かける。
同い年。同じゼミ。
大学の帰りに何度か、二人で食事をしました。
回数を重ねるごとに、心の中は「うっしゃっしゃっ」と浮かれていきました。
告白しようかなって考えると、「無理無理無理!」って暴れたくなるし、告白されるかなって贅沢なことを考えると「うっしゃっしゃっ」と両肩がすくみました。

食事後、いつもなら駅前でバイバイだけど、今日は走が「羽澄、あのさ、ちょっとだけ公園で話さない?」とぎこちなく言ってきました。
「わぁっわぁっわぁっぎゃっ!」って気持ちを抑え込んで平然と頷くと、「じゃ行こうか」と公園まで歩いて、ベンチに座りました。その間、会話はありませんでした。

「羽澄、あのさー、何回かご飯行ったじゃん?」
「うん」
「いや、その、羽澄と一緒にいると楽しいなーって」

今まで男性に告白されたことなんてありません。でもわかります。これは告白の前兆です。
走は勇気を振り絞って言ってくれています。
私、初めて彼氏が出来そうです。
「ヤバーーーーイ、ヤバーーーーイ、ヤバーーーーイ」と顔が伸びそうになるので、気を引き締めます。

「ありがとう」

冷静にお礼を言うことしかできません。

「なんていうのかなー。羽澄はどうなのかな?」
「走といると楽しいよ」
「よかったー」

私たちはまだ付き合っていません。
でも心中は「まじまじまじまじまじぐぅあーーーーおーーーぱらららー」と騒がしいです。

「………………」
「………………」

10秒の沈黙は12月の寒さを思い出させてくれました。

「羽澄とさー、またいつでも会ったり、遊べたり、ご飯に行けたらいいなーって」
「それは私も思うよ」
「ほんと? 嬉しいなー。やっぱりなんか気が合うもん」
「うん」

私たちはまだ付き合ってはいません。
「うわぁうわぁうわぁうわぁ最高最高お前最高」と声に出したくなるのを我慢します。

「あのさー、おれさ、羽澄のことが好き」
「えっ……ありがとう」

ついに言われました。
「好き」と言われてしまいました。
泣きながら「わだじもずぅぎーーーー」と言いたいけど、実際はお礼しか言えません。
この後、私はどうすればいいのでしょうか?
なんと言えばいいのでしょうか?

「………………」
「………………」

10秒の沈黙は、公園の砂利の音を響かせました。
「足を動かしたのは誰だ!? 走か!?」と思ったら私でした。

「……あのー、羽澄はどうなのかなって?」
「えっ……」

「ずぅぎにきまってんじゃーーん」と抱きつきながら言いたいところですが、そんな野蛮なことは出来ません。
あのー、走さん。
理想としてはですねー、私が「うん」と返事をするだけで付き合うことになるようなお言葉が欲しいのですが……。
私に決定的な言葉を言わせないでください。
理由は一つ。恥ずかしいのです。

「羽澄がどう思うか次第だし、いや、その、おれは羽澄が好きで。また言ってしまった」

その一回、私に分けてください。恥ずかしくて言えません。
走さん、提案です。「僕と付き合ってください」と言っていただけませんか? そうすると私は頷くだけでいいのです。
そうすると付き合えます。私は走さんと付き合いたいのです。
今のままだと、私が「私も好き」と発さないといけません。口が裂けても言えません。
理由は一つ。異常なまでに恥ずかしいのです。

「羽澄はおれといて楽しいって思ってくれてる?」
「うん」
「……じゃ、どうかな?」
「え?」
「いや、その、羽澄はどうなのかなって」
「……嬉しい」
「何が?」
「そのー、いや、走が言ってくれて」
「良かったー。じゃ、羽澄的にはどうかな?」
「そりゃまたご飯とか行きたいよ」
「……うん、よかった」
「うん」

私は脳内で「んもんもんもんもんもんもんもんもんも」と地団駄を踏んでいます。
あのー、走さん!
告白するのには勇気がいります! 走さんは勇気を振り絞ってくれました! ありがとう!
でも返事をする方も勇気がいるのです!
「私も好き」なんて到底言えない!
どうか、「僕と付き合ってください」と言ってください!

「羽澄、あのさ、おれと付き合うのは嫌かな?」
「嫌じゃないよ」

惜しい!!!!!! その聞き方では「嫌じゃないよ」というあやふやな返事になってしまいます。

「……じゃ何?」
「何って言われても……」
「もしかして、好きな人いるとか?」

「おめぇえぇえぇだぁ」と顔を近付けながら、走を指さして罵りたくなります。

「いや、いないよ」

あーーー。まるで走のことも好きじゃないみたいな言い方をしてしまいました。

「まぁおれは諦めないから! またご飯行ってくれる?」
「うん!」

そう! こうゆう聞き方を!

「羽澄、じゃ今日はとりあえず帰ろう」
「……うん」

私たちは駅まで並んで帰りました。
いつもよりゆっくり歩きました。
そして、いつもより近付いて歩きました。

以上です。