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君と過ごせない夜に

君と過ごせない夜。
眠りにつく前に何気ないことを思い出す。
真っ暗な部屋。
目を開ける。
浮かび上がる天井はスクリーン代わり。

待ち合わせでてこずった僕ら。それぞれの位置を電話で確認。お互いが向かい合い、中間地点で落ち合う作戦。一向に出会えない僕ら。それもそのはずイチョウ並木の大通りの反対側を歩いていた。
ようやく合流。馬鹿みたいに笑った、ほんの10秒。すぐに違う話で盛り上がって手を繋いだ。

ホットコーヒーを買って、公園のベンチへ。
ダウンジャンパーを着させられている雑種犬が横切る。「チワワとかダックス、プードルならお似合いだけどね」と笑った君が、飲みかけのコーヒーをベンチに置いたらカップが倒れた。
「ベンチってちょっと斜めになってんだよね」と不満げだった。

「人が多いから」と花見を嫌う君。
「じゃ花火大会も嫌い?」と質問。
「大好き」と矛盾。「人ごみの不快感を凌駕するほど花火は壮大。桜の美しさは人ごみの不快感を上回っていない」と熱弁。
それに対して「花火大会は嫌い。許せないほどの人ごみだから」と意見。
「私たち〈花〉関連はダメだね」と偶然に自分の鼻を触った君。
そのせいで「〈花〉関連」の意味がわからなかった。今ならわかる。〈花見〉と〈花火〉の〈花〉。

僕の家で昼寝をした。床がひんやり。
「網戸越しの風の形って網々なのかな?」の問いに「は?」と一言。
タオルケットを奪い合った。君が「横に回転して体に巻き付け作戦!」と転がっていった。
僕は「扇風機一人占め!」と首振りつまみを上げた。
結局寝れず、コンビニでアイスを買った。

雑貨屋でスマホの画面をタッチできる手袋を発見して愉しそう。「これお揃いで買わない? そろそろいるんじゃない?」に対して「素手同士で手を繋いだ方が温かいからいらないんだゼっ」と即答。肩を叩いて「くっさ!」と笑う君。「あの男、屁をしたのか?」の視線を向ける他の客。
さりげなく逃げ出す僕ら。

友達とのクリスマスパーティーに参加した君。
友達とのクリスマスパーティーに参加したフリをして家で過ごした僕。
テーブルの上に包装されたスマホを触れる手袋が二対。

昼間の気温に騙されて、Tシャツ姿の君が夜の住宅街に浮き彫りになった。
パーカーを渡しても着なかった君。
「親切心がハズっ!」とおどけた僕は空回り。

テレビを買い換える僕。
家電量販店に付き合ってくれてありがとう。
たくさんの画面にオリンピックのリオデジャネイロ大会の開会式が映っている。
「場違いだけど言うね……」と話し始めた君。
その間、数ヵ国の選手たちが入場した。
オランダの選手が入場すると、君は去った。
心で「こちらは閉会式でした」と軽口をたたいた。

何も映らなくなった天井のスクリーン。
目を閉じる。
今回のオリンピックは延期だって。
君と過ごせない日々。二度と戻らない日々。
おやすみ。
誰に?
わかりません。