見出し画像

なんか違う

私の名前は〈水鳥川 京佳〉です。
〈みどりがわ きょうか〉と読みます。
あと一歩って感じ。なんか違う。
どこがどう違う? と聞かれても困るけど、なんか違うことはわかります。
名は体を表す。と、よく言ったものです。
まさに名は体を表し、私はずっとなんか違う。

幼稚園。
私は、とあるアニメのお姫様に憧れました。
サンタさんからのプレゼントは、そのお姫様と同じドレスでした。
「わたしもおひめさまになれる!」と興奮して、手を強く丸めた感触は今でも覚えています。
すぐに着替えると、お父さんは「お姫様がいるー」と喜んでくれました。
私は鏡まで走って、お姫様に会いに行きました。
驚きました。
なんか違う。

小学生。
私は逆上がりができませんでした。
何度も何度も練習をしました。
同じクラスの華麗な逆上がりをする女子に憧れて。
その子の名前は〈清華 葵〉です。
〈きよはな あおい〉と読みます。
清華さんみたいになりたくて、何日も何日も練習をしました。
ついに逆上がりができました。
あの瞬間のお腹に食い込む鉄棒の感触は今でも覚えています。
逆上がりができるようになると「いままでなんでできなかったんだろう?」と不思議に感じるほどでした。
公園で私が逆上がりをしている姿をお父さんに撮影してもらいました。
もしかすると葵ちゃんの逆上がり以上に華麗かもしれません。
帰宅してすぐにお父さんがカメラとテレビを繋いで、私の華麗な逆上がりの映像を流してくれました。
自分が逆上がりしている姿を初めて見ました。
これが私の逆上がり?
なんか違う。

中学生。
私はお化粧に興味を持ち始めました。
お父さんにおねだりをしてリップとアイラインとチークを買ってもらいました。
ファッション雑誌は自分のお小遣いで買いました。
雑誌の〈メイクコーナー〉を熟読してからメイクに挑戦。
日曜日、仲良しグループのみんなで街へ出かけました。
もちろんメイクはバッチリ。
みんなでプリクラを撮りました。
機械から出てくるのを待ちます。
出てきました。
これが私?
なんか違う。……ことはない。
いい感じでした。
私は〈水鳥川 京佳〉の呪縛から解き放たれたのかもしれません。
私たちは門限があるので、夕方に街を出ます。
地下鉄で一日を振り返ってたくさん笑いました。
みんなで大笑い。
窓に反射する笑顔の私は楽しそう。
あれ?
なんか違う。
目元が変?
眉毛が太い?
どこが違うのかはわからない。
でも、なんか違うことはわかる。
「うるさいんじゃ! ガキどもが!」
突然、近くにいたおじさんに怒鳴られました。
手にはお酒。
黙り込む私たち。
駅に到着。開くドア。ホームに安堵。下る階段。抜ける改札。続く沈黙。
なんか違う。
「じゃまた明日、バイバーイ」
強がる私。
「うん! またねー」
「じゃ学校でー」
「ばいばぁ~い」
強がるみんな。
なんか違う。

高校生。
過ぎゆく三年。十二の季節。
なんか違う。

大学生。
私は東京の大学に通いました。
一人暮らしです。ワンルームマンション。
お父さんは心配したけど「たくさん連絡するから」と説得。
お洒落な部屋作りと友達作りは同時進行。
体育会のテニス部はあまりにも厳しそうでやめました。
一方、テニスサークルはとても華やかです。
いくつもあるテニスサークルから、規模が二番目に大きいテニスサークルを選びました。
下宿しているサークルメンバーの家でお鍋パーティーをしました。
私より少しだけ広いワンルームの部屋。
ありふれた家具。
でも、その子の部屋はとてもお洒落でした。
飾られた小物。鮮やかな原色のラグのアクセント。吊るされたポストカード。ティシュ箱の実家臭を消し去る木製のカバー。
聞くところによると、300円ショップとニトリで買い揃えているそうです。
まだ誰も私の家に来たことはありません。
誰かが来る前にお洒落な部屋を完成させます。
駆け込むニトリ。立ち寄る300円ショップ。抱える袋。変える部屋に帰って、始める作業。高鳴る胸。
手こずる配置。
自分の理想と合致しない自分のセンス。
終わる作業。
見渡す部屋。
なんか違う。

社会人。
住まいは憧れの中目黒。
嘘です。上野毛です。なんか違う。
職場は理想の丸の内。
嘘です。西日暮里です。なんか違う。嘘です。結構違う。
やっぱり私は、なんか違う。
ずっと、なんか違う。
そんな私、実は彼氏がいます。
仕事を通じて出会って、付き合い始めて半年です。
恋人に求める理想の身長は170センチ以上。
彼は167センチ。なんか違う。
私は162センチ。
見上げる幻想の恋人。見据える現実の恋人。
彼とケンカ。
「もう帰る!」と立ち去る私。
追ってくるはずの恋人。
振り向く私。 
いない彼。
なんか違う。
帰宅する。イライラしてシャワーを浴びる。化粧を落とす。
恋人が家まで謝りに来たら、スッピンはマズいと再びメイク。
鳴らないインターホン。鳴るスマホ。
彼からのライン。
〈ごめん。仲良くしたい。結構好きだから〉
なんか違う。
〈私もごめん。結構好きです〉
仲直り。
二人で温泉旅行。
少しの贅沢、少しの節約。
旅行パンフレットの写真と実際の温泉宿はなんか違う。
わかっている。
どうせ私はなんか違う。
流れる月日は二人を愛でる。
ゴールデンウィークに彼とフランス旅行。
大きな贅沢、無の節約。
夜のエッフェル塔。
旅行パンフレットに載っているエッフェル塔とは大きく違う。
見入る私たち。
人々に穴のあくほど眺められているエッフェル塔は「骨組みなので、すでに穴があいています」と得意満面。
落ち着きのない彼は、美しさを積み重ねたような塔に圧倒されているのではない。
私はわかっている。
彼は私と一生を添い遂げる約束をしたいだけ。
でも言えない。
私はわかっている。
フランスでプロポーズをされるだなんて華やか過ぎる。
どうせ私はなんか違う。
〈水鳥川 京佳〉は名前からすでになんか違う。
名は体を表す。これが私の人生。
結局、何も言えずの彼。
日本に戻ってからでもいいよ。
5泊6日。
夢のような旅。
乗り込む機内。
「夢はここまで。日本に帰ればまた始まる現実。そこに戻りやすくするために、少しだけ狭めにしておきますね」と言わんばかりのエコノミークラス。
出発して5時間。
寝ている私の肩を誰かが叩く。彼です。
「結婚しませんか?」
とても小さな声。
焦りすぎではありませんか?
帰国してからでもよかったのに。
ここはロシアの上空。
やっぱりなんか違う。
「ねぇ。なんで飛行機の中で言うの? 本当はエッフェル塔の前で言おうとしてたでしょ? わざわざロシアの上で」
「いいや。最初から帰りの飛行機で言うつもりだったよ」
さすがにそれはなんか違う。
「……飛行機で……えっ……なんで?」
「京佳のお父さんが近くにいる感じがするかなって思って。京佳、お父さんのこと大好きだったし、おれは会ったことないけど、上空なら挨拶もしやすいかなって。一人で京佳を育てたお父さんは、本当にすごいと思う」
泣かせないでください。
この熱くなる目の感覚はずっと覚えていそうです。
お父さんに連絡したいな。
私の名前は〈嶋田 京佳〉です。
なんか違う。慣れるまで。