諸橋大漢和に挟まっていた新聞の切り抜き
「モロハシ」について学んでみよう、と決意して、初めての記事です。
決意するまでの経緯はこちら↓
我が家にある『大漢和辞典』の縮刷版は13巻構成、13巻目は索引です。
どの漢字がどの巻の何ページにあるのか、索引をみるとわかります。
この辞典の成り立ちや説明が書いてあるなら、まず索引だろうと
索引巻を開いてみたところ、新聞記事の切り抜きが挟まっていました。
我が家の大漢和は、どこから入手したものかわかりませんが、前の持ち主が新聞から切り抜いて挟んでおいたのでしょう。
大漢和辞典編さん製作関係物故者の慰霊祭が行われたという記事でした。
記事本文には以下の記載がありました。
長い年月と多数の人が関わって製作された一大事業だったんですね。
索引巻には、大修館書店の創業者、鈴木一平の出版後記が掲載されていますが、え?と思うようなことが書かれていました。
手許の索引巻に書かれた原文は、旧字が多く、転写がかなり大変なので、大修館書店のサイトから引用させていただきます。
鈴木社長は、大辞典が完成する前に自分に何かあったらと、三人の息子を編纂プロジェクトに参画させたとあります。
長男を大学退学させ、次男は大学進学を断念させ、三男は大学卒業を待ったとのこと。しかも長男は医大(東京慈恵会医科大学)、次男が入学予定だったのは東京大学、三男が卒業したのは東京商科大学つまり今の一橋大学です。錚々たる学歴ですね。
当時は父権が強かったのだと思いますし、それだけの重要性を持った大事業だったのだと思いますが、それでも鈴木社長の思いはすさまじいです。
なお、第一巻で、諸橋徹次が序文を書いていて、鈴木社長と3人の息子のことにも触れています。
ちなみに、うちの息子は、同じことを父親から言われたら
「絶対従わない」
と言い切りました。
そりゃそうですよね。父親もそんなことを言わないですし、それ以前に、そんな大事業に携わっていないですし。
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