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音楽の鳴っている間はとにかく踊り続ける

僕(と今回は敢えて書く)は大学時代、長距離ランナーとして真剣に競技に打ち込んでいた(と思う)と以前綴った。

授業が終わると練習場に向かう日々。土日も朝から練習場へ。
大学4年間でゆっくり旅行した記憶がなく、あるのは夏合宿と年に数回の短い帰省の思い出だけだ。
だから大学時代は体を移動させる旅というよりは、読書したり考え事をしたりして自分の中でぐるぐるするような、比喩的な旅の期間だったように思う。

練習の中には1000メートル×10本とか、レースに近いペースでの距離走など、集団で必死で走らなければこなせないものもあるが、30〜40キロ走など、個人で比較的ゆっくりなペースで距離を稼ぐ練習もあった。僕は後者の方が好きだった。(もともと競争には向いてないのだ)

長距離ランナーによく投げかけられる質問に「走ってる間、何考えてるの?」というものがある。他の人はどうか分からないが、自分の場合は「その時の関心ごとをひたすら考えている」だ。
もちろん走るフォームやペース、地面とのインパクトの際の筋肉の使い方などをチェックしながらではあるけれど。

そんな大学時代に、村上春樹さんの小説と出会った。
故障(怪我などで走れない状態を「故障」と呼んでいた)をして、治療院に通う日々のことだったと思う。
僕は、治療院に通う電車やバスの中で、村上春樹さんの小説をむさぼり読んだ。多くの作品に出てくる主人公は、1人称で語られる「僕」だ。
当時の僕は、飄々として、普通に生きていたい主人公の「僕」が巻き込まれる、不思議な出来事や理不尽に背負わされる運命を味わうことで、自分のモヤモヤを昇華させたり、心の旅のようなものをしていたように思う。

しかし、主人公の「僕」はこの「不思議な出来事や理不尽に背負わされる運命」に逆らったりしない。すんなりではないものの、「やれやれ。。」とか言いながら受け容れるのだ。サレンダーしている、と言ってもいいのかも知れない。

そんな村上さんの小説のひとつに「ダンス・ダンス・ダンス」という作品がある。

・・・以下、一部ネタバレを含みます・・・・・・・・・・・・・

主人公の「僕」がたどり着いた、札幌にあるドルフィンホテルのエレベーターから繋がるパラレルワールド?にひとりたたずむ羊男(ひつじおとこ)の言葉。

「踊るんだよ」羊男は言った。
「音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。なぜ踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ。
・・・(中略)・・・
「でも踊るしかないんだよ」と羊男は続けた。
「それもとびっきり上手く踊るんだ。みんなが感心するくらいに。そうすればおいらもあんたのことを、手伝ってあげられるかもしれない。だから踊るんだよ。音楽の続く限り」

ダンス・ダンス・ダンス(上)村上春樹 講談社文庫

いつからだろう、自分もパラレル的な感覚で生活を過ごしている。
耳を澄ますと、音楽が鳴っているような気がする。
踊りは得意ではないけれど、ぎこちないステップを刻み、音楽に乗ろうとする。
音楽は次第に大きくなってくる。
周りの人も踊っていることに気づく。僕も見よう見まねで全身を使って踊ってみる。(←今はこの辺りだろうか)
たまに目が合う人もいる。笑顔をくれる人もいることに気づく。
大勢のステップが共振し、ダンスホール全体が揺れる。
今まで味わったことのない感覚。

パラレル的な生活をB面とするならば、B面でいろいろ降りかかってきている感覚があり、時に恐れもある。
でも、音楽が鳴っている間はとにかく踊り続けようと思う。
できることならとびっきり上手く。

※表紙の写真は(株)ユニクロとコラボされた羊男のピンズ


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