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短編ゼルダ文学 サリアの目覚め

天職(ベルーフ)とは与えられたものではなく自らの内に発見するものである。

別れ


「行っちゃうのね」

緑の少年が森の吊橋を渡る。その吊橋を渡った背後からサリアがかけた言葉。少女の彼女がこれほど深遠な眼差しをもった言葉をなげかけたことはあったのだろうか。子供しかいない小さな村では彼女は無邪気で明るかった。そして公平に優しい性格であった。ある年齢に達しても妖精が付かなかった緑の少年を励ましたのは彼女だけであった。

「サリア、わかってた……リンク、いつか森を出て行っちゃうって……
 だってリンク……サリアたちとどこか違うもん」

無邪気で明るかったのは少年への心配の裏返しであったのかもしれない。人には誰しも直感というものを持ち合わせている。私達はみな物語の運命の中で、その役の出番を来るのを待っているのだ。それは生理現象の目覚めであるように、誰からも教わらずとも生理が、体に中に起こる現象が、ある何かを求めているのである。緑の少年は村を出ていかなければならなかったのは、仕方がなかったからなのではない。運命の生理現象が彼に何かを求めさせたからなのだ。
少女サリアが抱いたのは感情は切なさであった。少年との別れのみを惜しんでたのではない、物語が進む運命という駒のすすみにも惜しんでいてたのだ。しかし、そんなことをわかったとしても、未だ未熟な少女に一体何ができるというのだろうか?何もできない。ただ惜しみ切ない気持ちを抱くという幼稚な表現しかできなかった。

「でもそんなのどうでもいい! アタシたち、ず~っと友達! そうでしょ?」「このオカリナ……あげる! 大切にしてネ」
「オカリナ吹いて、思い出したら、かえってきてネ」

惜別の思いを忍び、渡した小さなオカリナ。これが彼女を思い出してくれるように、形見として渡したのだ。懐にオカリナを入れる少年。彼は何も言わずに吊橋のむこうへと渡っていった。徐々に森の影で向こう側が暗くなっていく。彼は小柄だから森と比べるととても小さい。だから彼の姿が見えなくなるのはあっという間であった。少年が森の向こうに消えていく。走る足跡も徐々に小さくなって、聞こえなくなっていく。その聞こえなくなっていくところまで、彼女は聞こうとした。彼の姿が見えなくなり、森以外なにも見えなくなるまで、彼女は見ようとした。橋はまだすこし揺れている。コントラストがきくように、彼の足音が消えるにつれて徐々に川の流れと鳥の鳴き声が大きくなってくる。太陽の光は森の緑が遮っているから涼しい。肌はすこし冷たさを覚えるようになってきた。二人が面を合わせて別れたのはほんの数分であっただろう。この数分は彼女にとっては染み込むほどの数分であった。彼女の切なさはすこし肌寒かった。

再会と運命

あれから七年がたった。

魔獣が国を滅ぼしかつての平和はなくなっていた。大人になった少年は魔獣を倒すために、賢者の協力を必要とした。彼女がその賢者の内の一人だったのである。

「ありがとう……アナタのおかげで、賢者として目覚める事ができました……
 ワタシはサリア。森の神殿の賢者……」

あの無邪気で明るかった彼女が賢者になった。「賢者の間」に立つ彼女の立ち姿は凛々しい。村に住む村人たちはどれほど時が経とうとも子供のままなのである。七年経った今でも、彼女もまた少女のままであった。しかし彼女は大人を凌駕する確固たる忠誠を持っていた。彼女の瞳は澄んでいた。賢者となった彼女のその目は目の前を見ていなかった。神に与えられた使命を彼女は見ていた。

「きっとアナタが来てくれると信じていたわ。だって、アナタは……」
「…ううん。なにも言わないで」

緑の剣士は、彼女との再会、そして彼女の運命に驚く。唯一の友達であった彼女の変化に動揺する。それでも、サリアは自分の使命を全うすることに忠実であった。

「アナタとワタシは……同じ世界では生きていけない運命だもん……」

私達は時として、なにか得体のしれない大きなものに突き動かされているのにもかかわらず、自分の意思をもって行動していると思ってしまう。そして、自分では何も考えずに行動している時、動かされていると思っている時、それこそ実は確固たる意志を持っていたことに気づくものは少ない。私達は運命の傀儡であると思っていない。運命の操り、これを私達は「使命」だと言ったりする。この使命は後天的に与えられたものではなくて、初めから私達に宿されており後にそれぞれが発見するのだ。
私達は、何かが起こった時、そういうものを発見した時、感情をもつ。この感情は、運命側の私達に対するお詫びの品なのだ。サリアが悟ってしまった時に切なくなってしまったその感情は、運命側が代償として与えたものである。

「サリアは、森の賢者として、アナタを助けていくの……」

俗世を断ち切らず、きっと何も知らないままでいたあの村での一生の方がきっと楽しかったに違いない。誰も何も私の内側に宿る天命に気付かさなければ、こんな気持ちも味わわずにすんだのに。私がこの世界の犠牲になることもなかったはず。頭によぎるのはそういった感情である。
しかし運命は力強い。誰もこれを食い止めることはできない。彼女の感情までも、やがて使命のものになっていく。魔獣を倒すための自己奉仕。緑の気高い剣士への自己犠牲、ここに私の役割があったのだ。誉れ高き自己犠牲、これほど喜ばしいものはないではないか。

彼が魔獣を倒し、この世の秩序と平安を再び取り戻す・・・
そしたら、また彼と一緒にあの村で過ごしたい。子供の時のように。

強烈な使命と母性にも近い純情が彼女を際立たせる。
彼女が渡したオカリナの音色に、サリアの匂いがした。

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