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エッセイ #5+6| ほくろ除去


 僕は小さい頃からほくろが多かった。

 顔にもほくろがたくさんあって、小さいものもカウントすると多分20個以上はあった。小中学校の頃は友達にいじられることもあったが、それでいじめられることはなかったし(友達に恵まれていた環境に感謝したい)、性格も明るいので時には自虐的にボケたりもしていた。自分も周りもそんな感じだったのでそこまで気にはしていなかったのだが、26歳の頃に転機が訪れた。

 2019年12月、コロナウィルスが突如として現れ、人々の生活は一変した。外出自粛を余儀なくされ、マスク生活が始まったのである。当時、法人営業で外回りをしており、一様にマスクをしたお客さんの顔を覚えるのには苦労したものだ。

 コロナ禍になって数ヶ月したある日、家でテレビを付けていると「マスク生活が始まって美容クリニックに行く人が増加しているようです。」というニュース番組の声が聞こえてきた。なんでも、シミやほくろをとる人、しわとりをする人が増えてきたというではないか。皮肉なことにそのアナウンサーはシミひとつない綺麗な顔をしている。

 ぽわぽわぽわっ、と最近の生活を思い返すと、思い当たる節はある。会社の同僚からほくろを取ったという話を聞いたり、営業先で、シミ取りをしたであろう患部に術後のシールを貼っているお客さんを見たこともある。なんのけなしに調べてみると、1箇所数千円単位、さくっと日帰りなんかでほくろ除去ができるらしい。

 子供の頃、ほくろが多いことはあまり気にはしていなかったが、本当は気にしないようにしていただけかもしれない。なぜなら、気にしたところでどうしようもないからだ。星座のように顔に散りばめられたこいつらと共に生きる道しか知らなかった。しかし今はどうだろうか。社会人になってある程度のお金を手にしているし、自分のことは自分で決められるようになっている。何よりこのご時世。空前の美容ブームである。

 「マスク生活が始まって美容クリニックに行く人が増加しているようです。」というニュースをチラ見して1週間後、気づいたら僕は新宿の綺麗なクリニックの受付に座っていた。僕はまあまあ行動力がある方だ。

 ネット上に転がっていたある程度の口コミと評価をもとに選んだクリニックの予約フォームに、施術内容はほくろ除去であること、その部位や数、大きさなどを入力していたので、当日の案内はスムーズだった。

 まずはカウンセリングだ。案内してくれたスタッフのお姉さんに「ほくろ除去ですね〜。どこを除去されますか?」と言われた僕は、「えっと、ここと、あとここと、、、」と事前に決めていた選抜メンバーを指差した。お姉さんは赤いペンを手に持ち、選抜メンバーに対して順番に、ちょんちょんっと慣れた手つきで印を付けていった。

 予約時の事前申告では、顔にあるほくろ、全部で9個と伝えていた。鼻にも1つあり、そいつが4番バッターだ。カウンセリングでも、迷うことなく9個申告し終わると、

「この辺とかこの辺はいいんですか?」

とお姉さんに言われた。

「えっ」

 僕は動揺した。この日までに頭を悩ませてなんとかスタメンを選び、当日は迷うことなく9つ申告した僕に対して、残りのほくろはいいのか、と、そう聞いてきたのである。

 それはえっと、他のやつも目立つから取った方がいいよってこと?ここ残す必要なくね?って思う箇所があるってこと?それともただの営業トークですか?

 数多ものほくろ除去に携わってきたプロの指摘を前にすると、爪楊枝の先でツンと刺したくらいのサイズの小さなほくろさえも、この際だから葬ってやろうという気持ちになってきてしまう。

 居酒屋で注文を終えた後に店員さんにおすすめメニューを紹介されたので、追加で頼んどくか、くらいのテンションで、

「ん〜じゃあ…これとこれもお願いします。」

と除去するほくろの数を増やしていき、あれよあれよという間に15個になった(それでもチャームポイントになりそうなほくろはいくつか残すことにした)。

 9個選抜したら野球ができるなーなんて考えていたが、15個もあったらラグビーができてしまう。追加した6個にも赤い印が付けられ、僕は受付に戻された。施術を待っている間、少し不安な気持ちはあったものの、26年の歴史に終止符を打つのだなと思うと心が躍った。

 受付のお姉さんの後押しもあり、合計15個のほくろを葬ることにした僕は、受付でその時を待っていた。施術後の自分が楽しみだったし、会社の人たちや友達にこの体験をどう話してやろうかと考えているとあっという間にその時は来た。

 名前を呼ばれて案内された方について行くと、歯医者のような施術室に通された。中には40代くらいの男性の先生と、その隣には助手らしき女性が立っている。どうやらこの人たちが施術をしてくれるらしい。

 言われるがままに施術台に寝転ぶと、まずは数の確認だ。赤色にマークされた15個のほくろたちが決死のアピールを始める。先生が僕の顔全体を見渡して、ふむふむといった反応をしている間、目が合わないように天井にあった煙感知器の一点を見つめていると、「あ〜鼻に1個あるんだね。これ麻酔痛いから頑張ろうね〜。」と言われた。

 前もって説明をしておくと、ほくろを取る流れはこうである。まず注射で施術部に麻酔を打ち、その後炭酸ガスレーザーと呼ばれる「焼く機械」で一つ一つほくろを焼いていくのだ。無論、痛いのは嫌なので事前に少し調べたところ、施術中は特に痛くないという口コミが大半なので油断していた。麻酔…。うん、麻酔…。確かに麻酔は痛そうである。

 鼻の麻酔が痛いと言われ、「あ、そうなんですか。」と、一応スカしたリアクションをした僕は、心臓のBPMが190になっていた。脳内であいみょんの曲を爆音で流して気を紛らわせていると、目隠しをされ、視界が封じられた。時刻は15時。いよいよ施術が始まる。

 まずは麻酔だ。鼻に細い注射針が打ち込まれた。


「ッッッッッッ!ックッ!ッッッ!ン"ン"ッッッ!」



 思わず、息を漏らした。案の定これがとんでもなく痛かったのだ。ズボンを掴み、手をぎゅうっとしてなんとか耐えていると、涙がツーっと頬をつたう。

 ふー終わった、よかったよかった。偉いぞ自分。あとは薄れゆく意識の中、一つずつ焼き尽くされるのを待とう、と心を落ち着かせていると、「はいー、次いくよ〜」という声が聞こえ、二発目が打ち込まれた。

 え!?一発じゃないの?!イテー!!!と思っているとまたすぐ「はい痛いですよ〜。」と三発目が打ち込まれた。なぜか一発だけだと思い込んでいたのだが、どうやらたくさん打たれるらしい。四発目が打たれ、五発目を越えた時にもう数えるのをやめた。

 最終的には十発以上注射を打つことになるのだが、途中で注射が打ち止んだ。



「ん?1、2、3、あれ、どこだっけ。あれ…」



先生に続き、助手の女の子も、



「あっ。えっと、1、2、3、4、5っ…」



 どうやらどれが対象のほくろなのか分からなくなってしまったらしい。今回除去するのは15個だが、それ以外にも顔に5〜10個くらいほくろがあったためだ。チャーミングなほくろと、あまり目立たないほくろは、お金もかかるので対象外としていたのだ。

 目隠しをされながら、どれどれ、とかなんとか言いながら数を確認する2人を想像すると、おもしろくて吹き出しそうになってしまった。数が多いとこんなことになってしまうのか。麻酔をしているため口角が上がらないことが不幸中の幸いだ。

 なんとか麻酔を終えて、いざレーザーの開始である。まずは鼻からだ。ジジジジっ、という音が鼓膜に届く。麻酔がたっぷり効いているため痛みはないが、焦げ臭いにおいがする。鼻が終わると別の箇所に移り、順番に焼いていった。1つだいたい1分くらいだっただろうか。この調子で何個か焼いていくのだが、寝ているだけでいいので次第にリラックスしてきた。うーんこれは悪くない。

 うとうとしながら終わりの時を待っていると、



バチバチッ!!!!



という音とともに、刺すような激痛が走った。



「イ"ッッッッッ!!!!!!」



雷に撃たれたような衝撃だった。腰がよじれて体が跳び上がった。


「あれ、痛い!?」


と先生が慌てる様子で僕に尋ねた。


「スーーッ、はい!!ーッッ、痛いですっ!!!」


 どうやら除去する予定ではなかったほくろを誤ってレーザーで焼いたらしい。麻酔をしていない、完全にまっさらな肌に、あつあつのレーザーを照射したのだ。防弾チョッキを来ていない訓練兵に実弾を放つのと同じことをしたのだ。ちびっこ相撲の小学生が、那須川天心の左ストレートを喰らったのだ。さっき2人で数えた時間はなんだったのだろうか。数も数えられないやつは小学生から算数をやり直せ。


 先生が「あっ、ここ違うわ。でも…いいや、サービスでやっちゃおう!いいよね、ここ(トントン)!」と、間違えた箇所を指で叩きながら言う。


 血液型占いは全く信じないタイプだが、この人は多分B型かO型に違いない、とB型の僕は思った。目隠しを外し、無惨にもちょっと焼かれたほくろを鏡で見た。チャーミング代表のほくろではなかったので安心した。「はい、大丈夫です。お願いします。」と伝えたが、あやうく手が出るところだった。本当に痛かった。


 「じゃあサービスでやっちゃうね!受付の人に内緒にしといてね!」と、再び麻酔をお見舞いされた(本来は追加料金がかかるためだ)。結構大きめのほくろだったので、まあいいか、と気を取り直した。それから残りのほくろも難なく取っていき、無事施術が終了した。目を開けると、煙感知器があった。見慣れた天井だ。


 時刻は16時前だったので、45分くらいの施術時間だ。鏡を見ると、ほくろがあった場所は赤くなっていて、浅く穴が空いていた。特に血が出ているわけでもなく、綺麗なものだ。施術後はキズパワーパッドのような物を貼ってもらい、治るまでの過ごし方を丁寧に教えてもらった。湿潤療法といい、シールを貼って自己治癒能力で肌を再生させるらしい。シールは何度か張り替えたが2週間くらいは付けたままだった。シールなしでの生活を始め、患部が目立たなくなるまでは4ヶ月くらいかかったように思う。

 かくして僕は合計16個のほくろを焼き尽くしたのだ。

 施術後は会社の人たちに患部を見せて回った。ほくろもなくなり、いいネタもできて、一石二鳥である。しかしみんなのリアクションとしては、「そんなにほくろあったっけ?」と拍子抜けするコメントばかりだ。ほくろをとって1年弱くらいして地元に帰った際も、友達、さらには親でさえも、ほくろがなくなったことには気づいていなかった。あんなに顔にあったほくろだったが、意識していたのは自分だけだったのかもしれない。


 あれから2年が経った。このエッセイを書きながら、誤ってレーザーを放たれた箇所に左手で触れてみる。


 東京の夜空には星が少ない。

※コンテストのため5と6を1つにしたものです。

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