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なんで突然アニメを作り始めたかって話(2)

クレイアニメ「パクシ」にハマっていた中学生の私。粘土を捏ねれば自分にもアニメが作れるんじゃないか、なんて空想したりもしたけれど。まあそんなに簡単なわけないよね。行動力の欠片もない私には空想は妄想でしかなくて、妄想なら捏ね回せてもけっして実行には移せないのだった。ただこの頃、ほんの少しだけ足掛かりはできていたらしい。

足掛かりには高級な、あまりに高価な

私の父はグラフィックデザイナーだった。平たく言うと、紙媒体の広告のデザインをする人だ。昔は全部がぜんぶ手作業だったらしいのだが、私が小学校高学年に上がる頃にはデジタルへ移行していた。そんなわけで、私が初めて目にしたパソコンはアップルコンピュータのマッキントッシュだった。

「へなちょこなゲームとへなちょこな私」という記事で書いたのだが、ファミコンとスーファミとゲームボーイによってコンピュータゲームのおもしろさを知ってしまった私には、父の仕事道具であるはずのMacはゲーム機に見えていた。
そんなことを知ってか知らずか、私がMacに興味があると気づいた父はAdobeのアプリケーションIllustratorの使い方を説明してくれた。けれども私の好奇心はデモ版ゲーム集の入ったCD-ROMへと向いていて、イラレは何をしたらいいのかわからない退屈なアプリでしかなかった。

さて、ここまでで小さな足掛かりができていたのがおわかりだろうか。当時はまったく興味が持てなかったアプリ。そう、アニメづくりの扉を開けてくれたのはイラレ。そして今でも十分高価なMacだったのだ。

つづく!

※画像は、ヤマムラアニメーションのスタジオの地下にある短編アニメーション専門ストア&ギャラリー「Au Praxinoscope」にいる置物(パクシだと思っていたらどうやら別人?らしい)と、私の描いた似てないパクシ!

褒められて伸びる子です。 というか、伸びたい。