「ほめて!!」って言えるチャーミングな大人になりたい。だから、あなたを褒めさせてください。笑

子供は、未来の資産だよね!っていう話を、MADMAXという最恐におばかな映画(ぼくは苦手だった!!)を引き合いに、知人に力説された。その時は笑っちゃったけど、まさにその通りだと思った。「女戦士が、子供をうむ女性たちを、よくわかんない宗教の化け物から救出してーーー」というストーリーは、現代批評が生き生きしていた。よくできた映画なのかな?と思えてきた。

じぶんがちっちゃい頃、まさに「こども」だった頃を思い出す。今日、というかよく思い出すこども時代のいやなことのひとつに、「褒められたかった!」というのがある。もうむか〜〜しむかしだからよく覚えてないけど、ある記憶。小学校の時の算数のテストで満点をとって母親にみせたら「そんなんで満足してないで120点とってきなさいよ」って言われた。この記憶は昔すぎて確かじゃないけど。そんな記憶を持ってしまっている。

ひとことでいいから、「がんばったね〜」って言ってくれれば良かったのに。もしかしたら、その一言で「よし、もっと頑張るぞ!」ってなったかもしれない。でも、それは母親の言った(カモシレナイ)一言にも言えること。要は幼い彼の受け取り方次第とも言える。かといって、まあ、褒めて欲しかったな。笑 と彼は思っただろう。今だったら、まあちょっとは(いやだいぶかも)腹は立つけど、認識をどうにか変えようとする。(今日ひさしぶりに実家に戻って、やっぱり、母と小さなことでもめて、すごく腹が立った。)

ただ、もしじぶんが冷静だったり、ちょっと背伸びをして「理想的な彼」になるなら、ほめれる人になりたい。悪口/皮肉をいったりして、笑ったり、小馬鹿にするコミュニケーションがあって。それはTPOによるけど、ぼくもそれが好きな時があって、仲の打ち解けた人にはすることがおおいけど、それをやりつつも(少しづつ減らしたい?でも、皮肉っていいよな〜〜(とも思う))、褒めれるようになりたい。

だから、もし子供授かった時に、その子をちゃんとほめられるように。いまから、ひとを褒めれる癖をもちたい。もし、このことを明日のぼくが覚えていたら、ぎこちないかもしれないけど、褒めます。下手くそだけど、なんか褒めます。なかなかみつからなかったら「コミュニケーションとれてすごい!」とか、「髪型いい感じだね!」とか、言っちゃいますが、それでも言います。未来の彼がこどもを授かった時のために。

日常の会話の中で、「話をきいてもらいたい」とか「褒めて欲しい」とか「慰めて欲しい」というのは、けっこーある。してくれしてくれ、というのは、冷静になるとちょっとダサいかな。と思うけど、やっぱりそれはあって。褒めて欲しいよ!22才で「ほめて!」っていうのは、ちょっと勇気がいるけど、それを言える友人関係を気づくことだとか、笑、それを許してもらえるような人柄は、とってもチャーミングかもしれない??

今、仲のいい友人とその話をしてみたけど、それは相手も同じだった。ひとことでいいから「がんばったね〜〜」とか「えらいね〜〜」って言えばHAPPY。彼は肯定ペンギンのスタンプをよく使うんだけど、そんなキャラクターを現実生活でしっかり発揮できたら、色々とハッピーになる。問題がころっと解決してしまうこともとても多い気がする。だから、ぼくは未来のぼくのためにあなたを褒めるので、ぼくのことも褒めてね。出会い頭に「今日もチャーミングだね。笑」って、ぎこちなく褒めてくれたら、とっても嬉しいです。笑

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