見出し画像

水のように生きる

川の水が流れるように、私の中には言葉が流れている。
湧き水のようにどこからか溢れ出てきた言葉たちが目や耳から抜け出し、世界を撫でていく。
それを眺め、光を掬い、流れに身を任す。そうして私は生を得る。


今よりもずっと激しく世界が荒れ狂っていた頃、いっそこの体ごと捨ててしまいたいと祈り、もがいていると、半透明の膜が静かに私の周りを覆っていった。
私が苦を感じるたびに少しずつ重ね合わさり、厚みを増していく。
私を世界から遠ざけていく。

気がついた時には雪で囲われたように真っ白な空間にただ1人で存在していた。
何も見えず、聞こえず、感じない、天国のように清い場所。
時々向こうに人の気配を感じる。この場所ではもう何も耐える必要がない。
床に座り込み、ひたひたと迫る死を受け入れる。
死にたいはうまく生きたいだったのかもしれない。
当たり前のことが、白く濁った頭に浮かんだ。

こぼしてきたもの達を思う。
ベールのように柔らかい木漏れ日、水の上に踊る光の粒、小説の美しい言葉達。
寄り添い育ててくれたもの達も濃霧の向こうの知らない世界のもののように掠れている。
聞こえない、見えない、触れない、繋がれない。
ここには孤独しか無いことを知った。

重い孤独の中でどこからか溢れ出た言葉達が途切れ途切れに体を流れていく。
それを掬い、ぎこちなく編んでいく。
大きくなっていく透明の詩の布に身をつつみ、じっと時を待つ

涙を流すように壁が溶け始めた。
足元に水たまりができていく。
手で触れる。指の間からこぼれ落ちる感触がくすぐったい。
暖かいものが全身を流れていく。
少ししてそれは喜びだとわかった。
私を包む透明が、差し込んできた光を受け、可憐に輝く。
穢らわしいはずだった私の体も、荒ぶった世界の音も、
全てが美しくて愛おしくて苦しくて、
弾かれるように外へ出た。

いつか、またあの白に覆われる時がきっと来る。
それまでは詩を詠っていたい。








この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?