バス停時刻表に【N】の標記を。ノンステップバスについての情報提供をユーザー目線で実現させたヒストリー

以前の学校で、教え子だった青年と、2003年夏、20歳になって初めてアルコールを飲むことになった。  

出会った当時、彼は小学生だった。学校時代というものは早いもので、小学生から中学生に、そして高校生にわずか数年で立派な青年に成長した。
彼は元々それほど外交的ではなかったが、高校生になり、生徒会長になり性格の面でも成長したとの噂を聞いた。
そこで、市民活動を広く展開していた私は彼に、障害者のリーダー的存在になってほしいという期待を抱き、市民活動に彼を直直呼んではいろんな人たちと繋げていった。  

1990年代から2000年代にかけて、障害者が市民活動に参加するということは、障害者の社会参加を提唱したり障害の理解を市民に広くしてもらったりという、「障害」が主人公になることが多かった。
障害者は障害のために生きているのではなく、一市民として存在しているのであり、まちづくりの課題を共有して一緒にその課題を解決していく仲間である、2000年代以降はそのような位置付けに変化しつつある、そんな時期だったと記憶している。  

だから、これからの障害者としてはいろんな人たちと繋がり、共に協力していく仲間としての立場が求められる。そんな経緯で彼との付き合いは始まった。それから2年が経ち、20歳を迎えた。そのお祝いも兼ねて、数年前から共に市民活動をしていた仲間たちと、ビアガーデンに行った。  

彼は不随意運動があり、アテトーゼ型の脳性麻痺だったため、自分でスプーンなどの食器をもって自力で飲食することは難しかった。ビアガーデンでは、ジョッキを頼んだ。自分で取っ手を持ってグビグビやりたいだろうが、それは難しい。彼は無謀にもストローを頼んだ。ビールをジュースのようにストローで吸い上げることを選んだ。周囲は、いくら自分で飲めないにしても、ストローで吸い上げると、呼吸に力が入る。それで酔いが早くなるということはよく言われることだ。しかし、彼はその、無謀な挑戦をした。なみなみと注がれた白い泡にストローが差し込まれた、そのジョッキを、ビアガーデンのスタッフが彼のテーブルに運んできた。彼は自分で取っ手を持つことはできないから仲間がジョッキを持ってあげた。ジョッキ中生。彼はストローを咥え、一気にビールを吸い込んだ。生まれて初めて飲んだビールに、彼は、一丁前に「ぷはー」と声を上げて、笑顔でほほ笑んだ。一吸い、二吸いとビールを飲み続け、徐々に紅顔してきた。
飲み始めてから2時間ほど経ち、彼は時間を気にし出した。  

「そろそろ家に帰らないと」  

親の迎えが来るのだろうと思っていた。彼は電動車椅子に乗っている。エレベーターに乗り、ビルの屋上から降りた。そして、地上で電動車椅子を操作する前に、赤い携帯電話を取り出して、短縮ダイヤルを検索し、徐に電話し始めた。  

「すみませんが、〇〇バス停を21時40分に出発する市営バスは、今日はノンステップバスですか?」  

「あーよかったです。ありがとうございました」  

電話を切って安堵の表情を浮かべた。  

「誰に電話してたの」  

「市営バスです。毎回確かめないと家に帰れないかもしれなくなるし」  

「何を?」  

「今度乗ろうとしているバスがノンステップバスかどうか」  

私は訳がわからなかった?  

「ノンステップバスなんて、決まってるんじゃないの?」  

市営バスは決まっていなかったのだった。システムはこうだ。  

図  

つまり、今日の最終バスがノンステップバスでも運転手が翌日別ルートになっていれば、翌日の最終バスは、ノンステップバスではなく、階段があるバスということになる。  

それはバスの時刻表には載っていなかった。だから、利用する人が市営バスにその都度確認しなければならない。不随意運動の強い彼が携帯電話を操作するのは容易いことではない。  

「それは自分のお金でかけて情報を聞いてるの?」  

自分の携帯電話で、しかもフリーダイアルではなく、有料で。  

でもそれは本末転倒の話である。  

彼は市営バスのユーザーであり、本来であればサービス提供側の市営バスが情報を提供する義務がある(法律)  

バス停の時刻表に、バスの種類(ノンステップなのかどうかなど)が表示されていれば何も問題ないのだけれど、そのような表記はない。
ならば、せめてユーザーが確認する連絡先へはフリーダイアル、FAXでの情報提供はあるべきかと思う。  

これを記述している令和であれば、毎日バスの種類などに係る情報については、Webで更新することは技術的にも時間的にも難しいことはないのだが、この件があった時期はスマホもなく、モバイル端末で、情報を確認するなど一部の人だけが執り行うものだった。  

なので、彼は利用する度に、市営バスの社屋に電話をする必要があった訳だ。  

ビアガーデンから彼が乗るバス停までの道すがら、なぜ保護者に送迎してもらわないのか訊いてみた。  

「いずれは一人暮らしもしたいし、結婚もしたい」  

彼は自立したいと強く願っていた。送迎してもらっても依存していることにはならないと思うのだが、そこは当事者とそうじゃない人間との大きな価値観の違いなのだろう。  

「いつも電話かけて情報を確認しているの?」  

彼は大きく頷いた。だからだ。電話番号も短縮ダイアルに登録されていたし、手際が実に良かった。彼は「慣れて」いた。特に不便さは感じていなかった。  

そこに私は大きな違和感を覚えた。
障害者と言うよりは消費者、利用者の立場として、おかしい。腑に落ちない。  

「それ、本来ならあなたが、自分がお金を出して確認する情報じゃないよ」  

彼は少し酔っ払っていたからか、「へーそうなんですか」と答えはしたもののそんなに驚いた様子ではなかった。自分が当たり前だと思っていたものだから私から問題提起したところですぐにそうなんだと覆ることはなかった。  

バス停に到着してバスを待っている間はその話題で話すことはなかった。むしろ初めて飲んだビールの味についてだったり、酔っぱらうことについてだったりと、そんな話をした。  

定刻よりも2、3分遅れてバスは到着した。確認した通りのノンステップバスだった。  

バスは到着すると、後部扉を開き、中から運転手がやってきて備え付けのアルミ製のスロープをセットした。  

レバーを匠に操作し、赤の電動車椅子で車内に乗り込んだ。
バスのフロアにある専用のロックを車椅子に掛け、バスは走り出した。彼の表情はとても安堵に満ちていた。  

私はいくつも引っかかるところがあり、本来なら夏のビールを飲んでとてもご機嫌なはずなのに、全く酔えなかった。  

これじゃ、車椅子で生活している人たちは交通弱者のままになってしまう。  

なんとかしないとと思い、翌日、佐賀市交通局に電話を掛けてみた。  

「車椅子の方の介助者をしている者ですが、ノンステップバスの件で電話しました。」  

「どんなことでしょうか?」  

「自分たちが乗ろうとしているバスがノンステップバスかどうか毎日確かめないといけないと聞きまして」  

「毎日運行状況が違うのでその必要があるんですよ」  

「確認の仕方について、御協力をお願いしたいのですが。今は、利用者が自分のお金で電話をそちらに掛けて確認していると聞いております。利用者は、ユーザーであり、ユーザー負担になるのは違うかと思います」  

「お気持ちはわかるのですが、そこは決まりになっているのでしかたないのです」  

「確認する手間は理解しますが、そこに負担金が発生するのは理解しかねます。毎日運行が違うというのはそちらの事情なのでなんとも言えませんが、毎日同じ時刻のバスがノンステップバスか、あるいはバスの時刻表に対象バスには時刻の前に【N】と表記していただくかはしていただきたいです」  

「それはかなり難しいです。特にバスの時刻表への表記は、東京などの大きな街だからできることで」  

たしかに東京では、都バスの時刻表には【N】の表記がある。2003年当時、都バスには約150台のノンステップバスがあると聞いた。佐賀は東京から中古で仕入れていて、5台を確保したそうだが、絶対数が全く違う。年次毎に随時台数を増やしていくということで、台数が揃えば路線、時刻を固定できる。  

これを書いているのは


  • 障害者の社会参加をテーマに、彼が市民活動を通じてリーダー的存在に成長していくストーリーを描く。彼の成長過程や市民活動の成果に焦点を当てることで、障害者の力と意欲を伝えることができる。

  • 障害者のリーダーシップを発揮するための仲間づくりの重要性を探る。彼の周囲にはどのような仲間がいて、彼らがどのように協力し合っているのかを取材し、その力を紹介することができる。

  • 障害者の社会参加を促すために、バリアフリー環境の整備について考える。彼が困った経験から、「N」の表記をバスの時刻表に追加することで、ノンステップバスの利用をスムーズにする提案ができる。

  • 障害者の日常生活での課題に焦点を当て、その解決策を提案する。彼が車椅子での移動で困った経験をもとに、車椅子利用者のための交通機関の改善について考えることができる。

  • 障害者の社会参加を推進するために、彼が関わった市民活動の成功事例を紹介する。彼の経験を通じて、障害者がどのような力を発揮し、社会貢献を果たせるのかを具体的に示すことができる。

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