特大ブーメランの使い手。パパは、スーパーヒーローウルトラマン。
「頑張ったけど」
「全力でやったけど…」
という敗者の弁こそが自分をダメにするからね。わたしはそう思っているよ。
なんという超絶上から目線。
明日、日曜日に迫った丹後ウルトラマラソンの準備を進めるボクに長女からニヤニヤして言われた。
しかしこれは、
ボクの口ぐせだ。
◇
ボクは営業部門の管理職。
部下から日常的にあがってくる報告は、もちろん良い報告だけではない。
残念ながらの契約切れ、失注、ポカミスといった、悪い報告も日々往々にしてある。
お客様あっての業務。
あなたの責任もあるけれど、
あなただけの責任とも言えなかろう。
ミスをするのだって、案件を失うのだって仕方がない。
悪い報告こそ、ボクは仏の顔で聞き、
眉毛をつり上げながら“般若の形相”で、対策を打ちたい、
そう思っている。
そんななか、
「ベストを尽くしましたが残念ながら5社中2位でした」
「頑張ったので採用された会社と最後まで競ったのですが、僅差で負けました。」
という謎のギリギリな敗戦報告を
毎度のようにしてくる部下がいる。
彼にナンという言葉を
かけたらいいのだろうか。
「へぇー、すごいやん。全力を出したから僅差だったんだ!」
と、もちろん言いたくなる気持ちはあるが、
順位や僅差の根拠を求めてみると、
「先方の担当者が『次点でした…』と言っていたので…」
などとモゴモゴ述べるにとどまるから、
それがモヤッとする。
失注した全会社が2位になっていねーのか。相手が断りづらくて、社交辞令やお世辞を言っていねーのか。
斜に構えているボクは、どうしてもそう捉えてしまうのだ。
そう。
ボクは、この自らが掲げた目標に達しなかったときに『自らが発する』、
“敗者の弁”があまり好きではない。
当人にはそんな気はないのかもしれない。
でも、
「残念な結果に終わったけれど、この頑張りは評価してほしい」
という、あわよくばマイナス転じてプラスの評価を得ようとしているような感情が見え隠れしてしまうのだ。
敗戦した結果に純粋に向き合わず、
「頑張ったから…」
「全力でやったから…」
という敗者の弁を自らの慰めの言葉とすることは自分をダメにする。
“結果はでなかったけど、、、いやいや、頑張ったやんか”
と、プロセスを称えてあげるのは周りであって自分ではない。
そんな意気地な持論をボクはもち、
“いつだって結果にコミットしようぜ”
“負けそうなときこそ一歩踏み出そうぜ”
と我が子に繰り返し言ってきた。
そんな節に、長女から言われた冒頭のコトバ。
「全力でやるけど…」、
「猛暑の中、走るってだけでも超人だわ…」
なんて、ぶつぶつ呟きながら予防線を張りまくるボクへ放たれた痛恨の一撃。
まさに特大ブーメランが返ってきたのだ。
明日、丹後100kmウルトラマラソンに挑戦します
今年で7回目の挑戦。
限界に挑戦する自分に感動する日。
一年間、休日の朝に、
平日の仕事後に、
はたまた旅行先の早朝に、
もくもくと走りだすボクを、温かく見守ってくれた家族に感謝する日。
そんな優しくなれる一日が、明日なのだ。
早朝4時20分から2000人が順次スタートし、
日中は30℃を超える天候のなか、
標高150〜400mの山を3つ越え、
4箇所の関門をのり超え、
たどり着いた100㎞先のゴールは14時間がタイムリミットとなる。
国内屈指の過酷さを誇る大会。
その過酷さへのチャレンジを求めて全国から鍛えぬいた“変態”ランナーが集まり、
完走率たったの40%そこらの数字なのだから、まさしくそれこそが尋常ではない無謀なチャレンジだと物語っている。
とにかく走るのがしんどい。
腰が痛い。股関節がヤヴァい。
胃が飲食物を受け入れない。
何度も何度も挫けそうになる。
10年前と違い、悲しいかな、
ボクにはもう体力的な成長は望めない。
衰えゆく身体の変化を身に沁みて、
自分1人じゃ弱音を吐くようにもなった。
だから、
本当の強さというものがもしボクに宿ってあるのだとしたら、
多分、それは人の親になったからだろうか。強く。たくましく。
ゴールすれば、
「パパつええ」「さすがウルトラマン」
と、子どもたちが何度も言ってくれた。
ピンチになっても大丈夫、
という子どもたちの心理的な支え。
ボクのゴールは一人のものじゃない。
結局ボクはいくつになっても多くの人に支えられ続けている。でも、だから不可能を可能にできるんだ。そう思ってきた。
が、その一筋の光すらをも、
失ったのが前回大会。
精神的な支えがあっても駄目だった。
生まれて初めて負けたパパをみて泣く次女。
疲れ果てて淡々と現実を受け止めることしかできずに、うなだれたボク。
時が止まった。
多くを失った。
「おつかれさま、ここ(54.5km地点)までよくたどり着きました」
不意に妻が言った。
ボクは飲料を飲むのを止めて、汗か何か分からない液体をぬぐい、日差しの強い夏空を見上げた。
サングラスの隙間から、
溢れてこぼれてしまわぬように。
あれから1年
負けた悔しさ、そして怖さを知ったボクは、
見えていた世界が変わった。
そして一年前よりも、きっと強くなった。
でも万全か?と聞かれると、答えにこもる。
当日は最高気温35℃と予想されている。
過去最悪の条件。
30℃を超える暑さの中では、
練習してきたその全てに報うことは不可能だとわかりきってはいる。ましてや35℃。
この気象条件下では、故障リスクを避けるために練習でも長距離を走ったことはない未知の世界。
けれども、戦略をもって
その不可能に挑んでいきたい。
日が昇る前の、前半に距離を稼ぐ。前半にとばし、35℃の日差しの強い時間帯はゆっくりいくということだ。
ウルトラマラソンの邪道ではあるが、
ボクのようなひよっ子には、それしかない。
この大会でゴールができなければボクは100kmを走るのをやめる。その決意をもって、家族に宣言した。
きっとこれ以上やってもダメだと言うのをボクの弱さを一番知っているボクには分かっているから。
きっとこの先も、厳しくなった時に、
「乗り越える」ではなくて、
「頑張ったから…」
「全力でやったから…」
という自身のプロセスへの評価へと逃げ、
「リタイアしてもいい」という選択肢が頭をよぎり続けるだろう。
冒頭の特大ブーメランとなるが、
ボクなんてのは、たかだかそんなオトコ。
これが最後。
まさに背水の陣。
どんなに暑くたって、
苦しくたって、
辛くたって、
やめたくなったって、
明日は子どもの待つゴールに辿りつくため
また一歩、次の一歩
足音を踏み鳴らそう。
たぶん何度もヘシ折られるだろうけど、
心だけは強くもって。
前進あるのみ。
よしゃ。
それでは子どもたちに一年も待たせてしまった、渾身のリベンジへ行ってきます。
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