トランスジェンダーとXジェンダーへの差別を解消するための本会の立場を書かせていただきました。この声明は本会の会員の間で一ヶ月間議論されたものです。本会の立場を示すだけでなく、トランスジェンダーやXジェンダーについて詳しく知りたい方の参考にもなると幸いです。
はじめに
性自認による差別が良くないという考え自体は、近年広まりつつあります。しかしながら、身体性別による差別が良くないという考えが多数派であるにも関わらず身体性別による差別が完全には無くなっていないことでも判るように、差別解消と言うのは「差別は良くない」という考えが広まるだけでは実現するものではありません。
差別の原因は悪意や憎悪に基づくこともあれば、無知や不理解に基づくこともあり、さらには、不作為の結果として当事者が不利益を受けることもあります。差別解消のための行為が、逆差別を招いた入り却って当事者への偏見を煽ったりすることもあります。
私たちは、トランスジェンダーとXジェンダーに対する正しい理解を弘めるとともに、綱領にもある通り全てのSRGM当事者の「正当な権利を、他の何者をも犠牲にしない正当な方法で実現させる」ため、不断の努力を続けさせていただきます。
1 トランスジェンダーとXジェンダーとは
A 定義
トランスジェンダーには「トランスセクシャル」と「狭義のトランスジェンダー」とがいます。
トランスセクシャルとは、自分の身体性別とは異なる身体性別になるための外科手術を望み又は既にした人のことを指します。
狭義のトランスジェンダーとは、自分の身体性別とは異なる性自認を持っている人(身体性別と性自認を一致させる手術は望まない)のことを指します。
この両者は簡単に判別が出来るものではなく、日本SRGM連盟においてはどちらも「トランスジェンダー」と呼称することがありますが、性適合手術を望むか否かによって対応が変わるべき場面があることは、言うまでもありません。
Xジェンダーは別名をノンバイナリーともいい、「アジェンダ―(無性)」「狭義のノンバイナリー」「バイジェンダー(両性)」「デミジェンダー(複性)」「ジェンダーフルイド(不定性)」に分類されます。
アジェンダ―とは、性自認の無い人のことを指します。
狭義のノンバイナリーとは、男性でも女性でもない性自認を持つ人のことを指します。
バイジェンダーとは、二つの性自認を持つ人のことを指します。「男性と女性」「男性とノンバイナリー」「女性とノンバイナリー」の3パターンがあります。
デミジェンダーとは、ある部分の性自認が男性である部分の性自認が女性である人のことを指します。
ジェンダーフィールドとは、性自認が一定ではない(性自認に流動性がある)人のことを指します。
但し、Xジェンダー内部の細かい分類については当事者の間でも明確に意識されていないことが少なくないため、本会もXジェンダーの呼称を主に用いています。
トランスジェンダーにXジェンダーが含まれるのか、それともトランスジェンダーとXジェンダーとは別のものであるのか、また、トランスジェンダーとXジェンダーには重なり合う領域のある別概念なのか、については、当事者間でも意見が別れています。
本会では、便宜上トランスジェンダーとXジェンダーとを区別していますが、それは本会がそれ以外の分類方法を否定している訳ではありません。
B Aスペクトラムとの関係
性的指向や恋愛指向と性自認の間には直接の関連はありません。
アセクシャル(Ace)スペクトラムやアロマンティック(Aro)スペクトラムに代表されるAスペクトラムの当事者には、トランスジェンダーの人もいればXジェンダーの人もいます。
Aro/Ace調査実行委員会の行ったアセクシャルやアロマンティックの当事者を対象にした調査では、「出生時の性別と、現在自分が捉えている性別が『一致』していると思いますか」と言う質問に対して、14.9%の人が「思わない」と17.6%の人が「わからない」と、それぞれ回答しており、「思わない」「わからない」と回答した人の51.3%が「Xジェンダー」を4.0%が「トランスジェンダー」を、それぞれ「自分を表現する言葉」として使っていました。なお、これとは別に「自分を表現する言葉」として「どちらも使う」と回答した人も3.7%いたほか、「言葉の意味が判らない」と回答した人も0.4%いました。(Aro/Ace調査実行委員会 2021「アロマンティック/アセクシュアル・スペクトラム調査2020単純集計結果報告書」より)
C DSDsとの関係
身体が典型的な男性や女性とは異なる性未分化疾患の当事者であるDSDsについては、一部にはXジェンダーへ分類する人もいますが、日本性分化疾患患者家族会連絡会「ネクスDSDジャパン」は「DSDsを持つ人々の大多数は、自分が女性・男性であることにほとんど全く疑いを持ったことがなく、むしろ自分の体が完全な女性・男性と見られないのではないか?と不安に思っています」と述べており(ネクスDSDジャパン「DSDs(性分化疾患)について」公式サイト2021年5月20日閲覧、より)、Xジェンダーに分類することは当事者の自認に反することがあります。
本会ではDSDsとXジェンダーとは区別しています。無論、DSDsの中にもトランスジェンダーやXジェンダーの当事者もいます。
2 当事者が受けている不利益
A 性表現規範に起因する不利益
ここで言う「性表現規範」とは、「男らしさ・女らしさ」や「男のあるべき姿・女のあるべき姿」と言った性別に基づく表現に関する規範であり、大きく伝統・信仰上の性表現規範と市民生活上の性表現規範とに別けることが出来ます。
伝統・信仰上の性表現規範とは、代表的なものとして、①仏教において比丘僧伽(サンガ)と比丘尼僧伽(サンガ)とに分けられていること②一部の聖域において「女人禁制」「男子禁制」の場所が存在すること③多くの神社において巫女は女性に限定されていること④カトリック教会において神父が男性に限定されていること⑤歌舞伎役者は男性のみであること、等が挙げられます。
これらの性表現規範は原則として伝統又は信仰を共有する共同体内部の規範であり、思想及び良心の自由が完全に保障された世界においては、私たちはこうした性表現規範に反発していてもその性表現規範を持った共同体から抜け出るという形で、性表現規範による不利益を受けずに済みます。
例えば、カトリック教会で神父に成れないことを不当な差別だと思った女性は、所属する教会をプロテスタント教会に変える権利を有しています。逆にカトリック教会の教義が正統であると思う方がカトリック教会に所属することは信仰の自由の範囲内ですので問題はありません。
一方、市民生活上の性表現規範と言うのは、社会全体における性表現規範のことです。典型的なものが「スカートを履くのは女性だけで、男性は履かない」「女性はスカートを履く方が良い」と言うものです。
洋服の形態は時代と共に変わるのが当然ですから、これを「伝統」として他人に押し付けることはできませんし、また、スカートを女性が履くべきであるという宗教も恐らくは存在しないでしょう。(仮に存在していたとしても、信者でもない人間に守る義務はありません。)
しかしながら、義務教育の学校の制服によってスカートその他の服装の規定が身体性別で規定されている場合、私たちは意に反して性表現規範に従うことを余儀なくされます。これは身体性別と性自認とが一致しない人に性自認に反する性表現を強要することであるだけではなく、性表現についての多様な認識を排除するものです。
同じ性自認であっても性表現についての認識が異なる以上、市民生活上の性表現規範は多くの人の思想及び良心の自由を侵害します。況してや、こうした性表現規範が身体性別によって定められている場合、トランスジェンダーやXジェンダーの人が不利益を被ることは少なくありません。(伊織「高校生LGBTsコラム 【Xジェンダー高校生の僕から見た今の世の中】」自分らしく生きるPROJECT、2021年5月22日閲覧等参照)
B 身体性別を不必要に意識させることによる不利益
不必要に他人の自認に反する事実を突きつけることは、本人に精神的苦痛を与えます。このような行為は、仮に事実であっても認められることではありません。
例えば、養子縁組で他家に入った人間にDNA鑑定の結果を見せて「お前はこの家の人間ではない!」等と何の必要もない場面で言うとその人間に精神的苦痛を与えることは、言うまでもありません。
また、日本に帰化した人に対して「お前は日本人ではない!」と言うのも同様です。
トランスジェンダーやXジェンダーの人に対して性自認に反する身体性別を不必要に意識させることは、精神的苦痛を与える原因となります。
C 性自認と身体性別の混同による不利益
性自認が尊重されるべき場所で身体性別によって扱われ性自認が無視されることも、逆に、身体性別が尊重されるべき場所で性自認によって扱われ身体性別が無視されることも、どちらも当事者に不利益を与えます。
前者は「身体性別を不必要に意識させることによる不利益」に共通する精神的苦痛を与えます。
後者は、医療の場合においては物理的な損害を受けることもあり得ますし、また、更衣室を性自認だけで別けられると自分も他者も異なる身体性別の人間に裸を見られるという双方の人権が侵害される結果になり得ます。
また、Xジェンダーの人を性自認だけで分類した場合、Xジェンダーの中にはそもそも性別による分類を望まない人や一つの自認に分類できない人もいますから、そのことが却って精神的苦痛を与える原因にもなり得ます。
3 何が差別であるか
A 存在を無視されるのはマイノリティーへの差別
不当な差別とは、例えば「トランスジェンダーであるから」とか「Xジェンダーであるから」と言った理由で不利益を被ることです。
トランスジェンダーやXジェンダーは今の社会において少数派です。多数派の人間と少数派の人間が同程度の不利益を抱えた場合、多数派の人間の不利益のみが解消されると少数派の人間の不利益は解消されません。これは少数派の人間により過大な不利益が課されることになるため、トランスジェンダーやXジェンダーであることが理由で不利益を被ることと実質的に同じです。従って、仮に不作為の結果であるとしても、社会、特に、公権力が少数派の人間の不利益の解消に動かないことは差別になります。
これは多数決原理を重視する現行の民主主義制度の構造的な欠陥ではありますが、だから仕方ないと諦めれるのではなく、少数派の人間の権利を守るための粘り強い努力が求められます。
また、少数派の人間の不利益解消のためには、少数派の人間の存在と不利益の実態を正しく理解してもらうことが大前提になります。
B 誤った啓発による誤解
トランスジェンダーやXジェンダーについてはその存在を知らない人も少なくなく、一部の人間による誤った啓発が独り歩きしているケースも少なくありません。
こうした誤った啓発は、当事者の不利益解消に繋がらないばかりか、却って偏見を煽ることにより当事者の苦痛を増大させます。誤った啓発を行うことは差別解消に繋がるどころか、正反対の結果を生むのです。
トランスジェンダーに対する誤った啓発を大学教授がしている例もあります。
お茶の水女子大学のトランス女性受け入れに賛同している有名私立大学の教授は、性適合手術を受けていないトランス女性の学生についても「更衣室も同じであることが当然でしょうし、部活動などでは、お風呂も一緒だということが前提とされる」と述べています。
しかしながら、これは多くのトランスジェンダー当事者の主張とは相反するものです。(中岡しゅん「法律実務の現場から「TERF」論争を考える(前編)」WAN、2021年5月22日閲覧等参照)身体性別を無視して性自認だけで「更衣室も同じであることが当然」「お風呂も一緒だということが前提」だと言うことは、身体性別の異なる人間同士が裸で同じ空間にいることを「当然」「前提」だと言うものであり、人権侵害です。
また、こうした主張をすることがトランスジェンダー当事者への差別解消に繋がることである、と声高に主張されると、トランスジェンダー当事者が身体性別の異なる人間と更衣室や風呂を共有したがっているとの偏見を与えてしまいます。これは新たな差別を生む原因ともなり得ます。
さらに、更衣室や風呂を性自認で分けることが「当然」「前提」であるならば、アジェンダ―やノンバイナリーの人は男性用・女性用のいずれの更衣室や風呂も利用してはならない、と言う話になってしまいます。
トランスジェンダーやXジェンダーの当事者への差別を無くすためには、まず「当事者が何を不利益に感じ、何を望んでいるのか」を正しく把握することが不可欠なのです。
4 日本SRGM連盟が求めること
A 本会の基本的な立場
本会の基本的な立場は綱領において次のように記されています。
二、本会はLGBT・Aスペクトラム・Xジェンダー・DSDs等のあらゆる性・恋愛・ジェンダー少数者(SRGM)の正当な権利を、他の何者をも犠牲にしない正当な方法で実現させる。
これは、トランスジェンダーやXジェンダーを含む多くのSRGM当事者の求めていることと一致するものであると信じます。
以下、この見地から私たちが政治・行政に対して求めることを述べさせていただきます。
B 正しい啓発を行っていただきたい
法務省人権擁護局が作成した啓発サイトの「性的指向及び性自認を理由とする偏見や差別をなくしましょう」において、性的指向と恋愛指向を混同している等の問題があることは、本会も以前から指摘してきました。
トランスジェンダーやXジェンダーについての啓発も充分であるとは、残念ながら言えません。
例えば、同サイトにはLGBT以外のセクシャルマイノリティも存在していることは一応記されているものの、それを表す言葉(Xジェンダー等)は一切記されていません。
また、同サイトで紹介されている事例では「採用試験において,性同一性障害者に対する不適切な質問項目があるとの申告を受け」たものがありますが、具体的にどのような質問が不適切であるのか、が一切記されていません。これでは同サイトを見ても具体的にどのような対応を取ればよいのか、理解することは困難です。
行政には、トランスジェンダーやXジェンダーの当事者の不利益を減らすために、正しい啓発を推進していただきたいと考えます。
C 相談のしやすい環境の整備を
昨年、ある市議会議員が「市にLGBT差別は存在しない」と述べ、その根拠として「市にLGBT差別を受けたという相談は来ていない」という旨の発言をしたことがありました。
実際、当該の市ではLGBT差別を受けたという相談は0件であったようです。
これはLGBT差別が無いと言うよりも、LGBTの存在や相談窓口の存在についての啓発が不十分である、と言うことを示していると言えます。また、LGBTについての相談窓口はあってもLGBT以外のSRGMの相談窓口の無い例も少なくありません。さらに「セクシャルマイノリティに関する相談窓口」として市の公式サイトで紹介されているのが市の機関ではなく、その市に拠点を置いていない一般社団法人のホットラインである例までありました。
このような状況では、トランスジェンダーやXジェンダーの当事者が行政に相談できる環境が充分に整っているとは、言えません。
トランスジェンダーやXジェンダーに限らず、全てのSRGM当事者のために、より多くの市町村が公式な相談窓口を設けてくださり、そして、より相談しやすい環境を整備できるようにしていただけますと、幸いです。
D 戸籍には身体性別と性自認の両方を記すこと
身分証明書における性別表記については様々な議論があり、本会はここで一律の基準を設けることはしません。しかしながら、現時点においては、戸籍については身体性別と性自認の双方を記すことが適切であると考えます。
全ての国民が身体性別と性自認の双方を戸籍に記すことにより、①身体性別と性自認の一致が自明では無いことを全ての国民が自覚する②「性自認と身体性別の混同による不利益」が避けやすくなる、という効果があります。
また、戸籍謄本又は戸籍抄本を直接身分証明に使用する機会は少ないので、「身体性別を不必要に意識させることによる不利益」をも最小限に抑えることが出来ます。
註:戸籍における身体性別と性自認の併記について
これについては、本会メンバーの間でも以下の通りの意見が出ており、具体的な制度設計については慎重な議論が求められる。
①身体性別と性自認の併記に係るコストと時間は膨大なものになるではないか。
②DSDs等の身体性別については医師が判断しているのであり、その判断が正しい保証はない。
現実問題として戸籍制度改革には時間がかかるものであり、本会としては性教育等で正しい認識を教えるようにすることを、優先事項として要望していく。
5 日本SRGM連盟の今後の活動
A 本会の活動指針
本会は綱領で次の活動指針を明記しています。
五、本会は左右いずれの立場も排斥せず、あらゆる思想の人間を尊重するが、本会の目的達成のために必要な政治・行政・社会への働きかけは積極的に行う。
この指針に基づき、本会は正統・政治家・行政への陳情や学習会の開催を積極的に行っていきます。
B 活動に当たって留意するべきこと
既に述べたように、性自認が同じであれば身体性別が異なっていても同じ更衣室や風呂を使うことが当然である、という主張がトランスジェンダーやXジェンダーの当事者全体の主張であると誤解されると、却って差別解消が遠のきます。
トランスジェンダーやXジェンダーの当事者が本当は何を望んでいるのか、を本会は正確に伝えさせていただきます。
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