ショパンについて

 パリのジョルジュサンドの家にあるショパン像が、なにやら、うっとりしながらピアノを、弾いているから、面白いので、ここで、写真をとれば、いかにも日本人やな、ミーハーやな、と、使い捨てカメラでそのショパン像を無意味に写真をとっていたら、そら来た、フランス人らしい老夫妻。夫「ジャパニーズ。ああ。」妻「こら、失礼よ。そんなこと言わないの」夫「ああ」私は実に胸くそ悪かった。ショパンについては、日本人だが、俺のほうが、あんなフランス人より、わかっているのだ。そもポーランドじゃないか。こっちは写真が嫌いなのを、なんか落語っぽい銅像だから、ギャグっぽく写真をとっていたのだ。
 ショパンは決してうっとりしながらピアノを弾かない。二十歳の時にポーランドがロシアに攻められ、オーストラリアにちょうど来た彼は、ホテルのベッドに死者の霊を見た。私の血は神楽である。アマノウズメの子孫である。神楽には、すべてグローバルである。現場で人種を持ち出したあっちが未熟である。フランス人らしい老人だろうが、未熟は未熟だ。
 だから、麻生財務大臣が、イギリス云々と言っても、知らない。ヨーロッパなら、ナポレオンを出せ。ナポレオンは凄かった。ナポレオンはコルシカ島の人だった。
 いかにも、出自に頼れる者は、熟考しない。鬼畜米英ではないか。私は、アメリカがまだ嫌いである。オバマさんにはまだ頑張って欲しいと考えている。

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