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もう、いる

 違和感というか、気持ち悪さというものはずいぶん前からあった。
 最初からではないのか、と人に話せば思われるだろうけれど、初めは別段、何も思いはしなかったのだ。
 むしろ、少し面白いと思っていた。
 だって、有名人や人気者でもない限り、自分になりすました誰かのSNSのアカウントを見つけるなんて、そうそうないことだろうし。
 でも、そのうちに面白いだなんて言ってられなくなった。
「またかよ……気持ち悪いな」
 テーブルの上の薬の瓶と雑に散乱した錠剤を写した画像を見て、私はつい顔をしかめた。オーバードーズの匂わせだ。
 私のなりすましは、少し前からこういった自傷行為を匂わせる投稿を繰り返している。
 もちろんそれらの写真は、私のものではない。けれど、写真に写り混んだテーブルの木目や部屋の内装なんかが、妙に見覚えがある気がするのだ。
 若い女の部屋なんてみんな同じような家具があるだろうとか、賃貸マンションの内装なんてどれも似たようなのものだろとか、自分を納得させる方法はいくらでもある。
 でも、うまく言えないものの既視感は拭えないのだ。
 こいつの行動がもともと気持ち悪いから、そんなふうに深読みしてしまっている可能性もあるけれど。
 問題の人物は、私がインスタに投稿した画像を使ってツイッターに投稿している。
 見つけたのは本当にたまたまで、気になるコスメについて呟いていた誰かのいいねの欄に、見覚えのある写真を見つけたことが始まりだった。
 最初は、いわゆるパクツイと言われるものかと思った。なぜなら、そいつのホームに行ってメディア一覧を見たら、そこにあったのはすべて私が撮った写真だったから。
 お気入りのコスメ、バイト代を奮発して買ったブランドバッグ、友達と食べに行ったアフタヌーンティー、いい雰囲気の男友達と見た夜景。
 私が世界に向かって発信したいものたちを、そいつはまるっと盗んで呟いていた。
 最初は、アカウント転売目的の人間が、適当に若い女に扮するために私のインスタに目をつけたのだと思った。
 だから、そいつが何を選んで何を選ばなかったのか、なりすましとはどんなふうに行うものなのかを観察するつもりで見ていたのだ。
 でも、そのうちによくわからない、私が撮ったものではない写真を投稿し始めたから、気味が悪くなった。
 薄暗がりの部屋の隅を写していたり、切った爪が床に落ちているのを撮っていたり。意味がわからない写真ばかり。
 そのうちに、血に塗れた剃刀だとか、薄く朱色の滲みが浮かぶ湯船だとか、さっきみたいな薬の瓶だとか、自傷行為を匂わせるようになった。
 人の写真を使ってクソメンヘラやってんじゃねぇと、最初は憤ったけれど、写りこむものに見覚えがあるとわかってからは怒りより恐怖が勝った。
 不安になったのだ。もしかして、頭のおかしいストーカーが部屋に入り込んで撮影してるんじゃないかって。
 でも、友達に頼んで一緒に数日間張り込んでもらったものの、誰かが入ってくるなんてことはなくて。それよりも、私の精神のほうを心配されてしまった。
 その張り込みの間も、問題の人物は気持ちの悪い投稿を続けていた。
 だから、友達の言うように私の考えすぎで。なりすましてるやつがたまたま似たようなの家具と内装の部屋で暮らしてるだけなのかと思ったのだけれど、安心できたのは一瞬だけだった。
 そいつが投稿する写真に、見過ごせないものが写るようになったと気づいてしまった。
 たとえば、赤い線がたくさん浮かぶ手首。その手首に、ほくろがあったから。
 自分で締めたのだろう、指の痕がくっきり浮かぶ首。その首に、数日前蚊に刺されてできた痣があったから。
 手首に目をやれば、鏡で首を見れば、そいつの投稿した写真で見たのと同じものが見える。
 ただし、傷も指の痕もないけれど。
 それでも、確かに私なのだ。
「は? 何それ……」
 そいつが、また新しく呟いた。今度は真っ暗な画像だ。拡大しても、角度を変えても、何も写っていないように見える。
 何より気持ち悪いのは、その画像に添えられた文章だ。
『はいる』
『今日』
『なってしまう』
『ぜんぶおわる』
『なる』
 その物騒な短いリプツリーが続いていく。ほかにも意味をなさない一文字だけのリプが。
 あまりに意味がわからなすぎて縦読みするのかと考えたけれど、そんなことしても意味がある文にはならなかった。
 でも最後は、何だかわかってしまいそうで、気持ち悪かった。

『もう、いる』



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