木村さん
私がアルバイトをしている洋菓子店に、木村さんという人がいる。
木村さんはおそらく3,40代くらいの女性で、平日の昼に4時間くらいだけ出勤しているアルバイトである。親の介護があるのでこの時間しか働けないと前に言っていた。なので勝手に未婚、子供なしだと思っている。真相は不明。性格は30代というよりも、ふた昔前の50代のおばちゃんのようで、些細なことにも、「まことにありがとうございますぅ〜」を連発する、お節介なくらいの言葉遣いの、腰の低い人である。優しいし、全然良い人なんだけど、言葉でさえもミニマリストでうるさい人が嫌いな私は、木村さんのことが苦手だった。
木村さんとはもう3年も一緒に働いているのだが、お節介すぎる言葉口調が苦手なので、プライベートな話はほとんどしなかった。私の気分がいい時に、休日は何してるんですか、と聞いたことがあるが、うーんテレビ見てますかねえ、とかそんな感じだった。何も考えてなさそう、趣味とか無さそう、つまらない人だ、と思っていた。
その日は、たまにある私の気分がいい日だった。木村さんに、「今の中国人のお客さん、試食2つも食べたくせに、ロンドンのチョコの方が安かったってケチつけてきましたよ」って話しかけるくらいには、気分がいい日だった。(普段は私は滅多に木村さんに話しかけない。)木村さんは、なんて言ってたかハッキリとは覚えていないが、なんだかそれはちょっとムカついちゃいますねぇ〜、とか適当な相槌を打ってくれた。
木村さんが退勤する時間になり、一度ロッカーに荷物を取りに行って、打刻しに店舗に戻ってきた。ふと私服の木村さんに目を向けると、木村さんのバッグに、ブロッコリーが擬人化したみたいな、緑色の変なキャラクターのまあまあ大きいストラップが付いていた。大して趣味とか好きなこともなさそうな、つまらない人だと思っていた木村さんにしては意外だなと思い、興味が湧いた。
「木村さん、この緑のキャラクターなんですか?」私は聞いてみた。すると木村さんは、「これはですねぇ〜、ゼルダの伝説っていうゲームに出てくる妖精さんなんですよ〜」と言った。「え、木村さん、ゼルダやるんですか!?流行りの、ティアキンですか?」と私は聞いた。「そうそう!あら〜知ってるの〜?」と木村さんは嬉しそうに言った。趣味とかもなく淡々とバイトと親の介護をこなしていると思っていたあの木村さんが、ゼルダをやるのか!?しかもキャラクターのグッズを買ってカバンにつけるほどの愛着ぶり!
「木村さん、ゲームなんてするんですね、意外でした」
「そうなの〜、私意外とゲーマーなんですよ〜」
私はゲーマーではないし、ゼルダの伝説も小さい時に少し齧った程度でティアキンのことはよく知らない。でも、初めて木村さんと楽しいと思える会話ができて、すごく嬉しかった。木村さんはもう退勤していたし、私はまだ仕事があったので、これ以上話すことはできなかったけど、また話の続きをしたいと思った。次バイトが被る日はいつだろう、早く来ないかな、とそう考えていた。
私は木村さんのことを、なんなら可哀想な人だと思っていた。親の介護をして、4時間バイトして、また家に帰って介護して、少し時間ができたらぼーっとテレビを見るような、でもそんな生活にそんなに不満も無さそうな、そんな人だと思っていた。たった数回しか話したことないのに、少ない情報とイメージだけで、そう決めつけていた。3年間一緒に働いて、やっと木村さんの面白さを見つけられた気がして、なんだかとても嬉しかった。
ゼルダの伝説が、無性にやりたくなった。最新作のティアキンをやるには、Switch本体を買うところから始めて、3,4万円使わなければならない。ここでゼルダの伝説を買ったら話の良いオチになるのだろうけど、ボンビー学生の私は、現在ゼルダの伝説を買うことを躊躇している。
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