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はすみのツノは内巻きなのか外巻きなのか

「SCALY FOOT」の主人公、互藤はすみの話。

主人公というのは違うかもしれない。このSCALY FOOT自体日常系群像劇という形で書いたり描いたりしているので、そうなってくると主人公なんていないというか、登場人物全員がなんらかの形の主人公というスタイルなのだが、そうなってくると物語の焦点がブレてくるため便乗上はすみを主人公ということにしてある。

さて、はすみである。ヤギの獣人。種類までは分からなかったが、多分ザーネン。と思われる。
私達が日常生活で「私は北方系古モンゴロイドです」なんてまず言わないのと同じように、彼らにとっても獣人以下の種別についてはわりとどうでもいいものなのだろう。

所長の宇佐見(ウサギの獣人である。そのまんま)の元で、イノシカ探偵事務所という私立探偵事務所を営んでいる。探偵とはいえ、金さえもらえればわりとなんでもやる。
空き家の修繕だったり人探しだったり、彼らが様々な依頼を引き受けるうちにどんどん妙なことに巻き込まれる、というのがSCALY FOOTのだいたいの本筋である。
探偵事務所の中でも体力派のはすみは使い走りのような立場を押し付けられることが多く、依頼をこなすためにガラ通りの中を奔走する。そうなると自然さまざまなトラブルに見舞われる確率も高いのだから、やはり主人公である。あるいは巻き込まれ体質のヒロインかもしれない。いやお前のようなヒロインがいてたまるか。

はすみは、とにかく口が悪い。それもわりと高度な切り返しをする。

「この…なんとかサーロインてやつ、一番でけえので。ライスはいらねえから単品で」
「…私、コーヒーでいいです」
注文を受けたウェイトレスがにこりともせずにメニューを片付けた。お冷やで口を湿しながら、咲次郎がとげとげしく口を切った。
「値段は読めるんですね」
「おかげさんで。そういう嫌みったらしい言葉遣いはまだ勉強不足だけどな」
「極上、の二文字は読めなかったくせに」
「てめえが嫌な顔するくらい高いものって意味だろ」
「いい死に方しませんね、あなた」
ーSCALY FOOT 第四話 角と角
「なんだ?俺には人権ねえのか?第一こんな廃墟みてえな場所に俺のこと閉じ込めてどうしようってんだ‼おいキールとか言ったなてめえ、とっととそのフザけた箱取ってツラ見せやがれ‼さっき俺のこと飼うとかどうたら言いやがったな、上等だよ、てめえのご立派なブリキ箱ひっくり返して俺のエサ皿にしてやらあ‼」
ーSCALY FOOT 第六話 穴

なんか、もう、暴言専用の外付けHDDでもあるのだろうか。

はすみには両親がいない。ごく幼い頃に迷子になったか捨てられたらしく、死んだ魚のような目をしたまま十歳頃までをガラ通りの路地で過ごした。他人との関わり合いと言ったら闇夜に紛れて襲ってくる人さらいから全力疾走で逃げるくらいが関の山なのだから、会話のキャッチボールどころかドッジボールさえできやしない。

読み書きはおろか人と話すこともほとんどなかったはすみを拾い、親代わりとして育てたのが先述した宇佐見である。だからはすみの罵詈雑言のボキャブラリーはほぼ宇佐見からの受け売りであるのだが、いくら十数年一緒に暮らしていたからといって、よくこんなに人をイラつかせる言動ばかり選んで吸収できるなと逆に感心してしまう。地頭はいいのかもしれないが、だとしたらその使い所をはてしなく間違えているだけだと思うのだがいかがだろう。仮にはすみがきちんとした育て方をされていたらどういう人間になっていたか、すこし興味はある。
幼少期のあまり(というか全く)恵まれていなかった暮らしぶりがはすみに与えた影響は、実は暴言のボキャブラリー以外にもあり、角がその代表である。角。ヤギの角は、ふつう後ろ向きに伸びるものである。少なくとも私が知る限り、前に角が伸びるヤギは見たことがない。でもはすみの角は前に、それも羊のようにぐにゃっとねじれて曲がっている。発育段階で捨てられたゆえに、硬い地面の上、あるいは目につかないような隅っこの壁際にもたれて眠ることが多かったため、伸び始めていた角も地面や壁に押されてうまく育たなかったのだ。子供の指しゃぶりで歯並びが悪くなってしまうアレである。
彼のチャームポイントは、一人ぼっちで地べたで身をこごめることによって生まれた、そんなかなしい角である。
死にものぐるいで生きてきた証なのである。

最初からそういうキャラ付けをしてデザインしたわけではない。手癖で描いているうちにこうなっていた。睨むような目つき、赤のマルボロ、曲がった角。そこでふと、はすみさんの角はなぜこんなに曲がっているの?と訊ねて訊ねて訊ねつくして、返ってきたのが上の答えである。正直びっくらこいた。子ヤギの角ひとつにそんな深いバックボーンがあったのかと。
私にとってのキャラデザとは、キャラクターを創り出す作業ではなく、頭の中(あるいは繋がっているどこか別の世界)にひそんでいるキャラクターを発掘していく作業なのかもしれない。

きっとこれからも増えるだろう。街がまた賑やかになっていくのが楽しみである。

賑やかな街の様子はここから読めます。

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