見出し画像

方言考

「それどこの方言?」と最初に聞かれたのは、いつのことだろう。
「〜なん」「〜なんね」
意識せずとも口をついて出る、不思議な方言が頭の中にずっとある。たぶん、はじまりは幼稚園。「変な喋り方をするのはやめなさい!」と怒られた思い出がある。それで意固地になったのかなんなのか、頑としてやめなかった思い出もある。わりと面倒くさい子供だった。
そんな私がどこ出身かというと、生まれも育ちも埼玉県だ。ほぼ標準語だし、少なくとも私の住んでいる地域にこういう方言は一切ない。なのにどこから湧いてくるのだろう。

「SCALY FOOT」の登場人物で、最も話し方にクセがあるのは蛇蝎タギザラだろうと思う。ガラ通り内の雑営団地に診療所を構える、年老いたニホントカゲの爬虫人である。ちなみに医師免許はない。いわゆる闇医者である。

「混沌地区?ありゃ中心街挟んだ向かいの話だしもう何年も前に潰されたって聞いたぞ」
「軍に潰された方はタコの足っこみたいなもんやて。あんなちゃちい通りやなしに、混沌地区のほんとの中枢はもうずーっと前にこん地下にあってな、いよいよ手が付けられんようになったけ、上潰して塞いで団地建てたんや。地区の連中が外出てこれんようにな」
「…だってそれ、団地の建つ前って…戦前の話だろ」
「どうやったかねえ」

SCALY FOOT 第二話 団地の医者
「ああしんとこ来ても無駄足やけえの、上流崩れの輩は高慢で虫が好かん。そもそもああしは医者やのうて切り貼り屋いうたがや、これ見よがしに医師免許見せびらかす連中なんぞ知り合いどころか関わり合いにもなりとうないわ」
「普段来る患者さんの中に脳外科をハシゴしてる方とかいらっしゃいませんかね先生」
「おったら何やね?ああたら二人で医療棟の端から端までしらみつぶしに当たるつもりかいな?運良く電気頭の脳をほじくり返したお医者が見つかったとしてもな、居場所を吐かせた頃にはとっくにどこか遠くへ高跳びしとるわ、その男」

SCALY FOOT 第四話 雑営団地

一人称の「ああし」や二人称の「ああた」は、実は元ネタがある。椎名誠の書くSF小説、いわゆる「北政府シリーズ」に登場する人物が、たまにこの一人称を使う。
そして私もたまに使う。使うというか、滑舌があまりよろしくないために、ついつい「私」が「わあし」「ああし」になってしまうのだ。幼稚園の頃とか顕著だった。これを読んでいる乱杭歯の方々よ、歯列矯正は早めにしておいたほうがいいですよ。私は手遅れでした。
実際に口に出してみると分かるのだが、口当たりが良いというか、流れるように発音できる。タギザラの方言自体、なんとなく語尾をにごすというかごまかすというか、あまり歯切れのいい口調とは言えないのだが、のらくらと流れるような口ぶりにこの一人称がよくはまる。

ああしゃこん団地で医者ぁやっとるタギザラぁ言うもんやけ、周りん連中からは蛇蝎の先生呼ばれとるげな。

といった具合に、飾らない口調がすらすら出てくるのである。彼の性格の大部分はこの一人称に象徴させられる、という気さえする。
掴みどころがなくて、飄々としていて、そのくせ陰気で昔気質。知り合いには口うるさいけど面倒見はいい、そんな時代劇の町医者のような人物像。口調というのはパーソナリティの掘り下げに欠かせないものだなあ、なんて改めて考えてみたりもする。

で、彼は一体どこ出身なんだろう。
軽く調べてみると、どうやら「〜なんよ」という方言は広島や岡山の方でよく使われているらしい。そうだったのか。ちなみにタギザラがよく使う「〜やけえ」「〜じゃけえ」の方言についてもルーツはどうやら中国地方らしく、彼の出身も多分この辺りなんだろう。広島。ちなみに私は行ったことがない。いっぺん採れたてのカキを食べてみたいものです。開けたてのやつを生で、ポン酢ちょっと垂らして、つるっと。
「SCALY FOOT」の舞台である「丹本」は、元々が並行世界の日本であるという設定であるため、地理的にもほぼ日本のそれと等しい。ただ地名だけが異なっているので、彼の出身地も「広島」ではなく「蛭島」なんてことになっているのかもしれない。余談だが、「銀座」は「金座」、「池袋」は「異形袋」である。丹本という国名の由来も「丹(辰砂)がよく採れる国、丹の元に生まれた国」ということになっている。一応、言い換えだけでなく由来も持たせてある。結構たのしくもある。
さて蛭島。ひるじま、である。蛭というからにはでかい蛭がたくさんいたんだろうか。そういえばすけりふ世界にはナメクジ革やら蛭縞のコートやらが存在するけど、そうした軟体生物の生息に適した地方でもあったのだろうか。色つやのよい蛭革を特産品にして、それで地域振興をしているのかもしれない。蛭島特産のなめし蛭革は丹本が誇る伝統技術です、なんて。丹本では牛人や羊人など獣人が多く住んでいるので、革なんかも牛やヒツジやらのものより、そうした生き物のものがより好まれるのかもしれない。ケモノ倫理的に。

そうした連想をしながら、すけりふワールドはだんだんと広がっていく。
タギザラ先生についてもう少し詳しく書きたいけれど、それはまたの機会に。
ちなみに「SCALY FOOT」本編は下のリンクより。

タギザラ先生、わりと重要なポジションです。

江古田にコーヒーおごってあげてもいいよ、という方はどうぞこちらから。あなたの善意がガラ通りの取材を後押しします。