エルピス最終回を前にして
来週の月曜日に、楽しみに見ていたドラマが最終回を迎える。
「エルピス-希望、あるいは災い-」
ストーリーのあらすじはわたしが長々と話すより公式HPを見るのが1番だから貼るだけにしておく。これが全ての始まり。
構想から放送が実現するまでとても長い年月がかかったらしい。
確かにこの作品を見ていると、現実世界のいろいろな事件や疑惑が頭をよぎる。
よくこんな内容放送出来たな、攻めたななんて最初こそ感心したけど、冷静に考えたら攻めたななんて呑気なことを言っている場合ではない。
こんなことが恐らく現実に起こっているなんて冗談じゃないと憤るべきところなのに、どこか自分とは無関係の世界として捉えていて、だからこそエンタメとして楽しんでしまっているのではないかと思い知らされてしまった。
エルピスの好きなところの一つに、登場人物を分かりやすくカテゴライズせずに、その人の多面性が描かれているという点がある。
最初から今まで一貫して、心からの正義感でこの事件に取り組んでいる人が1人もいない。
渦に巻き込まれて、事情を抱えながら向き合わざるを得なくて、そして何度も妥協する。
でも誰かが挫けたり、骨抜きにされるたびに別の誰かがちょっとずつ粘って襷を繋いで、どうにかここまできた。
善と悪の間で揺れ動くというより、組織の中にいる自分の立ち位置や、権力を前にした時の怖さ、体裁、リスク、その時その時の状況の中で自分の中の脆さと一筋の信念を天秤にかけている様子が描かれている。
完全な善人、完全な悪人がいないように、人間そんな簡単に線引きができるものではない。
最近、いろんなことを丁寧に説明してくれる、分かりやすい作品が多くなってきたように思う。
説明して、答えを提示してくれればその通りに受け取ればいいから考えなくて済む。何かをしながらでも見れる。
そんなふうに何も考えずに楽しめる番組も好きだけど、わたしは基本的にいろんなことを自分の頭で考えながら楽しみたい。
そういう意味でも、エルピスは自分に刺さったのだと思っている。
余談だけど、考えるのは好きだけど、SNSで考察をしたいという気持ちはあまり起こらない。楽しそうではあるけど、あれも行き過ぎると危険だなと思う。
何でもかんでも意味があると無理矢理こじつけて、その意見に人が一斉に集まって過剰に持ち上げて、期待する。
議論を交わしているようで、実は偏った意見が正として広がっているようにも見える。
期待と落胆の振り幅が特にSNSだと大きくなっている気がする。
描写や演出含めての作品だし、細かい演出と登場人物やストーリー展開の関連性を考える考察も楽しいけど、それよりも作品を通して自分はどう思ったかの感想を述べ合う方が好きなんだと最近気づいた。
あとは、作品を作るにあたっての制作者の思いを知るのも好き。
このあたりを読みました。
長いけど、1番上が特に興味深かった。
最終話の予告を見たけど、長澤まさみの迫力がすごくて。
眞栄田郷敦の顔つきも1話とは全然違う。
パンドラの箱に最後に残ったものは希望なのか、それとも変に一筋の光なんて見えてしまったがために苦しい思いをしてしまう原因となる災いなのか。
どのようにして終わるのか来週が待ちきれない。
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