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退職給付会計と退職給付信託

 古文書読み直しといったところで、政策保有株式の1類型である、退職給付信託について、解説本の引用と、特に金融機関(銀行)にとって、退職給付信託を保有する影響についての記事としました。

・過去、退職給付債務をB/S上圧縮するために、政策保有株式を信託に拠出して、退職給付信託として、オフバランス化することが行われました。

みなし保有株とは、企業が退職給付信託に拠出した株式を指す。会計ビッグバンで00年に退職給付会計が導入され、年金の積み立て不足を貸借対照表に計上しなければならなくなった。売却予定のない持ち合い株を退職給付信託に拠出することで積み立て不足を圧縮し、財務の悪化を回避する手段として利用が広がった。
東証1部に上場する3月期決算企業(金融は日経500種平均株価の採用銘柄のみ)のみなし保有株の時価を有価証券報告書を基に集計したところ、21年3月末で約5兆5000億円だった。有報で純投資以外の目的の株式として開示される政策保有株の1割にあたる。

1、銀行における退職給付信託の効果

(0)サマリー

・退職給付信託には、確定給付年金等への掛金給付の役割が期待されています。しかし、退職給付信託で保有する政策保有株式は、柔軟に換金出来ないため、掛金の一部は母体企業から追加拠出されます。銀行では退職給付資産は、自己資本から控除されますので、その結果、退職給付に係る資産が増加し、銀行の自己資本比率(CET1比率)の低下要因になります。
・良い点として、退職給付信託内の株式の時価変動は、株価の大幅な下落を除き、(すでに退職給付資産として資本控除されていることもあって、)CET1比率には影響しません。

(1)人件費(退職給付費用)が減少

・株式の高い利回りで期待運用収益率を押し上げることで人件費(退職給付費用)が減少

(2)臨時損益(数理差異費用)計上

・期待運用収益と運用実績の差は、10年間で臨時損益として定額処理すると言う意味で、株式時価の変動が少しずつP/Lに影響
・退職給付に係る資産が、ゼロ評価となる株価水準を除き、自己資本(CET1資本)の変動要因にはならない

(3)資本控除(信託設定以降)

・年金資産(確定給付基金+退職給付信託)>退職給付債務となり「退職給付に係る資産」が発生。銀行の場合は、この退職給付に係る資産部分は資本控除となる。

(4)資本控除(掛金拠出時)

・退職給付信託には、確定給付年金派の掛金拠出が期待されているが、政策保有株式は柔軟に換金することが困難(解け合いが困難)であり、必要な掛金を賄えていない。そのため、母体企業が追加拠出をするが、その分、資本が減少する。

(参考)参考図書

『退職給付会計の実践』(トーマツ、2001年)

・退職給付のみに支払目的を限定し要件を満たせば、企業年金制度の年金資産と同様の位置付けを行うことが可能
保合株式を直ちに売却することなく、信託のクッションのもとで退職給付債務に対する退職給付引当金の不足金に充当する仕組みが退職給付信託
・退職給付信託の要件
①信託が退職給付に充てられる(退職金規程等で確認)
②退職給付に充てることに限定
③信託は事業主から法的に分離され、信託財産の事業主への返還及び受益者に対する詐害行為が禁止
④信託財産の管理・運用・処分は、受託者が信託契約に基づいて行う
・未積立退職給付債務(退職給付債務−年金資産−退職給付信託財産)=積立不足の存在する時にしか、退職給付信託として追加信託できない。
・超過した信託を拠出するならば、退職給付の支払目的とは相違した他の意向があるかも知れない
・信託への拠出時に想定されなかった特別の事由が発生しない限り、信託資産と事業主の資産の入れ替えはできない。
・議決権行使の指示は事業主に留保してもよい。
・退職給付信託設定時に株式が時価で拠出されたものとして会計処理する。
・退職給付信託という今までになかった取引を退職給付会計において年金資産と同様に見なすこととした背景には、会計基準変更時差異を早期に圧縮したい、という経済界からの要望はあった。
・実際に退職給付信託から、企業年金の掛金支払いや一時金の支給を行うことが求められる。
・退職給付信託は税務上では会社の保有資産として扱われる。
・会計上はオフバランスとなる
・信託資産を外部に売却した売却損益や債券の償還損益は、退職給付会計上は期待運用損益として認識する。財務上は、企業が保有する資産の売却損益・償還損益として損金・益金となる。
・配当金や利息収入等は期待運用収益として認識する。税務上は益金となる
・期待運用収益は、会計上は費用の減額処理となる。
・信託資産の期末時価の下落(高騰)は、数理計算上の差異となり、一定年数で費用(費用の減額)処理される。

『退職給付会計の実務』(2000年、三菱信託銀行)

・退職給付信託は会計上、年金資産とみなされる
・現金以外の資産を退職給付信託から厚生年金基金制度及び適格退職年金制度へ拠出することは、現行制度上認められていない。退職給付信託から年金制度への拠出は現金に換えて行う必要がある。
・退職給付信託を設定することにより、、会計基準変更時差異及び退職給付引当金を圧縮することができる。
・信託財産から生まれる配当金や売却代金は、原則として、退職給付、企業年金への掛金の支払い以外に充てることはできない。
・退職給付信託の受益者(将来において退職給付の支払を受ける者)は不特定多数であるため、一般的には信託管理人を設定する。
・退職給付信託を用いる場合、退職給付に充てるために積み立てる資産は、
①信託が退職給付に充てられる(退職金規程等により確認できること)
②信託財産を退職給付に充てることに限定した多益信託
③信託は事業主から法的に分離され、信託財産の事業主への返還及び受益者に対する詐害行為が禁止。事業主の倒産時、事業主の債権者に対抗できる。

ア)信託管理人が事業主から独立
イ)信託財産の管理・運用・処分は事業主と分離。受託者は事業主からの信託財産の処分等の指示について拒否できないような内容を含まない
ウ)信託財産を事業主の意思により、基本的に、事業主の資産と交換することはできない
・退職給付信託が退職給付債務に対応することを退職金規定等に明記することで、退職給付信託相当額の退職給付の支払い義務を免れたことが明確になる。会計監査人にとっては、信託財産と退職給付債務の対応関係を確認する重要な手段。
・受託者は信託目的に沿って信託財産を管理する受託者責任を有している。事業主からの指示の内容が、信託目的外の払出しや受益者への詐害行為、または有価証券の換価処分の方法等が適当でないと受託者が判断する場合は拒否することができる。
・退職給付信託に拠出した資産は事業主には返還されないことが基本的な考え方。時価が同等の他の資産との交換について、退職給付信託の資産の入替を理由に、取引の実現が客観的に判断しにくい損益が計上される弊害が残る
・いったん信託された有価証券等は、委託者の都合によって返還または入替えを認めると、信託設定時に会計処理した損益が結局実現しなかったことになること、他益信託に反すること、損益調整が行われる可能性がある。
・委託者・受益者のいずれかからも解約を行うことができない。
・信託財産の額が積立超過の場合は、超過額の範囲内で信託管理人の同意を得て解約できる。
・信託財産の設定額は、事業主の退職給付債務の額を超えてはならない。
・期待収益率は、株式の場合は配当金のみを見積もることでも良いし、算定が困難な場合は、見積らなくても良い。
・退職給付信託の設定により、オフバランス化(資産圧縮)されバランスシート上の経営指標が向上する、時価変動による信託勘定への直接の影響が遮断される副次効果もある。
・退職給付信託を年金資産と認めるかは、会計監査人が判断。
・信託財産を年金資産とするには、事業主から資産が直で拠出されたと同様の会計処理を行うことが必要。
・信託設定時には受益者が不特定多数のため、税務上は実質的に譲渡がないものとして扱われ、課税関係は生じない。つまり、信託した有価証券は、従来通り(拠出がなかった場合と同様)に企業の資産として認識され、退職給付信託設定時に税務上の損金、益金処理はできない。
・最終的に、信託された資産が売却された時点で譲渡損益が認識される。
・期待運用収益は税務上の益金とならない。退職一時金の支払い・企業年金への掛金の支払いが当信託からなされたときに事業主からなされた支払いとして、事業主の損金として扱われる。

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