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同じ月を見ている #2020クリスマスアドベントカレンダーをつくろう


「今年もひとりか…」

 呟きは首元のストールに吸い込まれた。右肩には仕事のバッグ、左手には1か月以上前から予約していた、君と食べるはずだったクリスマスケーキ。チョコレートが好きな君を想って選んだブッシュ・ド・ノエル。
街にはクリスマスの曲が溢れて、それを聴きたくなくてイヤホンをしているのに、どこか楽しそうな表情に見える、クリスマスのショッピングバッグやケーキを持つ人たちが視界に入る。

 こっそり吐いたため息は淡く白く、冷たい空気に溶けていった。



「あ、俺、24日から出張になった」

 クリスマスのディナーの相談をした時だった。
11月末、昨年は付き合いたてだというのにふたりとも残業でクリスマスを満喫するなんて全くできなくて、今年こそはと願っていた。思い出したように発せられた君からの言葉は、わたしの動きを止めた。

「え、それは断れないやつ」
「ですね」
「ですよね…」

 ソファでわたしに向き直った君は、ごめんねって顔をしていて、仕事なんだから仕方ないってわかってるしでも今年のクリスマスは楽しみにしてたなんて恨み言をぶつけることもできなくて、わたしは曖昧に笑った。


 その翌日、前日の君の申し訳なさそうな顔をつい思い浮かべてしまって、仕事の休憩のたびに気持ちが溢れていった。プレゼントは何にしようとか、食事は家か外かとか、家で過ごすのなら今年のクリスマスは金曜日で次の日は土曜日でふたりとも休みの可能性が高いから映画を借りてきて観るのもいいかなとか、想像していたあれやこれやがぽろぽろと落ちていくような感覚。
一緒に過ごせない、それだけでこんなに凹む自分がちょっと意外で、でも顔を合わせて過ごすのを大切にしてきたしとも思いながら、休憩室のクリスマスの飾りすら少し憎らしくなってしまった。


「柚さんは仕事、定時で終わりそうなの?」

 わたしの表情は読み取れていたんだろう、優しい声で君は聞いた。

「うん、わたしは残業ないと思う。19時には家に帰ってこられるんじゃないかな」

 3か月程前から一緒に住み始めた家は、お互いの好きな物を少しずつ揃えている。ソファやクッションなど肌に触れるものを優先して吟味して選んで、居心地のいい空間は毎月整ってゆく。触り心地に一目惚れして選んだふわふわのクッションを抱きしめながら、答えた。
大きめのソファの端と端に座っていたのを、その隙間を埋めるように君はわたしを抱き寄せて、背中をあやすように叩いた。
仕事なのだから本当なら謝る必要はない、でもわたしががっかりしているのは手に取るように伝わっていて、その気持ちを優しく包むように行動に移してくれる君を好きだと思った。



 12月24日木曜日。朝、君はいつも通りスーツとコートを着て、お気に入りのグレーのマフラーを巻いて、出かけて行った。いつもの仕事バッグと、出張用のキャリーケースを転がして。
身長差のあるわたしたちは、玄関で彼が靴を履いて立ってわたしが室内にいてもその差は埋まらなくて、背伸びをしていってらっしゃいのハグをする。

「いってきます」
「いってらっしゃい、向こうに着いたら連絡入れてね」
「うん、戸締り、ちゃんとするんだよ」
「はい」

 短い言葉のやり取りの中に優しさと温もりを感じながら、離れがたい気持ちを抑えて笑顔で見送った。玄関の扉が静かに閉まって、つい壁に寄りかかってひとりの空気に沈みそうな自分を引っ張り上げて、自分の支度を始めた。




 クリスマスケーキ、驚かせたくて君に内緒で頼んでいたの。プレゼントは君が24日に眠ってから、枕元に大きな靴下を置いてそこに一つ目のプレゼントを入れて、本命は25日の朝にまた渡す予定だったんだ。

「ただいま」

 25日の夜。帰宅した家は真っ暗で、君は出張中で帰ってくるのは26日の明日なんだから当たり前なんだけれど、冷え切った空気が現実を突き付けてくるようで、暖房の温度を高めに入れた。
早く温まりたくて、ケトルのスイッチを入れる。君の好きなカフェオレを1本貰って、色違いで買ったマグカップに入れる。窓の外に、澄んだ空気の向こうに月が綺麗に見えた。

「知り合って、2年くらいか…」



 2年程前。わたしが勤める会社に、彼は派遣会社の営業として出入りしていた。総務のわたしは、会社に訪ねてくる営業の方への応対をよくしていて、顔見知りになるのは早かった。

 半年程経った頃だっただろうか、お昼休憩で偶然入ったお店が一緒で、混雑した店内で流れで相席することになって。あの時は、休憩中まで営業スマイル疲れるななんて内心愚痴っていた。食後のコーヒーを飲みながら、何となく始まった映画の話で意外にも話が合い、連絡先を交換したのだった。

「あ、えっと、よろしくお願いします」

 お互いの名前をスマホに入力して、彼が姿勢を正してそう言ったのをよく覚えている。あの日は夕方から雨の予報で、空はどんよりしていた。重苦しい雲と対照的に挨拶がとてもまっすぐで、小さな微笑みをたたえていたものだから、心がことりと音を立てた。


 わたしはあの瞬間、彼に恋をした。


 フルネームは連絡先を交換した時に知った。年齢は一緒に映画を観に行った時に。好きな食べ物や飲み物、趣味や読む本、好きな映画、休みの日の過ごし方。少しずつ交換していった。LINEでのやり取りもあったけれど、顔を見て話すのが心地よくて、会う頻度は少しずつ多くなった。

 君は背が高くて少し猫背で、時々寝癖をつけたままスーツを着ていて、わたしの会社に来た時にこっそりそれを教えると少し照れて直していた。休みの日に会う時はいつも同じ黒いバッグを持っていて、気に入るとそればかり使うんだと話してくれた。ファッションにはあまり拘りがないからネクタイを選んでくれないかと言われた時は驚いた。だって、まだ付き合う前だったから。

 ”好き”の交換は、何度目かのデートの終わりだった。その日も映画を観て、ゆったりした空気の居酒屋で感想を交換しながら食事をした。次の日は休みだったから、まだ離れたくないと思いながら、伝える勇気が持てずに駅の近くで別れるところだった。

「あの」

 軽く掴まれた腕、君の手に少しだけ力がこもって、告げられた。聞き間違いかと思って、1歩君の方へ寄った。

「もう一回…」

 小さく呟いたわたしの声を君は正確に拾って、あの時と同じまっすぐな目でもう一度言ってくれた。

「好きなんだ」



 脳内回想がそこまで進んだところで、インターホンが鳴った。宅配便だ。送り主は、

 君だった。

 スマホを取り出して、彼の番号を表示させる。まだ仕事中かもしれない。出張中の会議のスケジュールまで聞いていない。と、逡巡している間に、電話が鳴った。

『もしもし』
「…もしもし、お疲れ様。仕事、終わったの?」

 目の前の荷物のことを聞きたいのに、驚きが勝りすぎて言葉が継げない。

『うん。届いた?』

 端的に、笑いを含んだ君の声。

『開けてみて。…月がよく見えるな、今日』

 外にいるのだろう、君の声に混ざって車の音が聞こえる。
通話をスピーカーにして、段ボールを開けた。中に入っていたのは、沢山の白い花びらと、わたしが欲しがっていたブランケットと色違いのルームウェア2着だった。

「いつの間に、こんな…」

 驚きと喜びでいっぱいなわたしに、くすくす笑う君の声が聞こえた。

『メリークリスマス、僕の大切な人』



 七海さんのこちらの企画に参加させていただきました。七海さん、メンバーに入れてくれてありがとうございます。
当日、大切な人と一緒に過ごす方もそうでない方も、家族で過ごす人も自分らしくひとりで過ごす人も。わたしの大好きな人たちの上に、それぞれにあたたかいクリスマスが訪れますように。



20201203

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