ミニ小説 新たなる民

 「先生、僕はもうこんな世界は嫌です。この姿が人間でないとしたら、僕は一体何なんですか」青年の質問に対して医師はうつむいたまま黙り続けていた。

 20XX年、地球に突如巨大な隕石が飛来し人類を襲った。当然、その隕石によって多くの犠牲者が出た。しかし爪痕はそれだけに留まらなかった。何故ならその隕石に異質な粘着物質が付着していて、その物質に抗体を持つようになった人間達の中に、遺伝子組織が突然変異し、頭にツノが生えたり、目玉が3つ4つになるなどの症状を持つ者が現れたからだ。

人類は彼らを“怪物“と呼んだ。

 その青年も”怪物“と呼ばれ、日々世間からの偏見や暴力によって辛い日々を送っていたのだった。彼は目が緑色で頭に羊のように曲がった大きなツノが生え、犬歯が異常な程長く伸びていた。今彼がいるのは”怪物“と呼ばれている人間達が通う国営の専門病院だ。

 「いいですか、貴方は今とても苦しんでいます。でもその現実は大きく変わるのです。その時が来るまで、最後まで希望を持って生きてください」

先程まで黙り込んでいた医師が答えた。
青年にはその言葉が嘘にしか聞こえなかった。

「ありがとうございました、失礼します。」

青年は自分でも分からない複雑な感情をグッとこらえながら医師にお礼を言った後、診察室をあとにした。

 帰宅の途中、青年は大きな帽子とマスクで角と顔を隠しながら電動バスの隅で静かに泣いていた。彼の泣き声は他の乗客達には聞こえなかった。何故なら彼とは違って普通に生きている乗客達の話し声や、バス内に取り付けられたテレビのスピーカーから流れる電気自動車のコマーシャルや、度々報じられる新都市開発計画による建設ラッシュのニュース報道等が、彼の存在をもかき消すかのように響いていたからだ。

それから何十年もの月日が流れていった。

 「先生、僕に最後まで希望を持つように教えてくれてありがとうございました。今まで死んでしまうんじゃないかと思っていましたが、これからはそんな心配はしなくていい。だってみんながいるんだもの」

大人になった青年は、猛毒と化した空気をガスマスクを付ける事なく吸い込んだ後、これまでにないほどの笑顔でつぶやいた。

 電気自動車に使われるバッテリーの原材料となる水銀等の貴金属採掘による土壌・水質汚染、建築ラッシュによる森林の大量伐採等が、かつて宇宙から飛来した隕石よりも地球を比べ物にならない程変化させてしまった。

 青年は、欲によって荒れ果てた地球環境に適用出来ずに滅んだ人間達の亡骸の山を見上げた後、”怪物(新たなる民)”達の群衆の中へと歩き出していった。 END

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