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当たり前の数

冬だなー
17時過ぎには、会社の窓からの景色は真っ暗になる

真っ暗とは、
実際の真っ暗ではなく
空が、景色が、薄暗くなる。
ということだが。

ことばとは不思議なもので
これまで当たり前に使っていた言葉も、
だれかには届かなかったり
響かなかったり

なんというのだろうか、感覚的に伝わるだろう 
という世界こそが、わたしの世界
当たり前だった


だから悪いとか良いとか、そういう話ではなく
違う世界(価値観)があることを、
当たり前でしょう、知ってますよ。

という、気分で生きてきたのだけど
その違う世界は、人間の数だけあるということ。



ちゃんと。とか、きちんと。とか。
人によって違うのだし
そもそも、曖昧でわからない。という感覚の人だっている、ということ。

先述のように、
真っ暗 と言えば、
言葉通りの「真っ暗」ではなく
夕暮れ、日が落ちた空をみて私は、
「あぁ、日が暮れた。真っ暗になったね」と、
言ってしまうのだ。

違和感を強く感じる人もいるだろうし
どうしても「ことば」に拘ってしまう人もいるかもしれない


文字通りの「真っ暗」は?
そして、人それぞれ感じる真っ暗は?

それを、
知ろうとしたり、
分かり合おうとしたり、
押し付けたり。
しなくていいのだ、きっと。
(※この詳細はまとめて、また投稿したい)

違和感がなければ、そもそも疑問さえ持たないだろう
違和感を感じても、一緒でなくていいのだ


理想を言えば
お互いに認め合えたらいい。
そう思うのね。それも素敵だね、って。

________
人と関わることは、1人ではなく
2人、もしくは複数になる。ということ
その中で、どんな自分の姿をその人たちの中に残せているのか

そんなことを考えていた

関わってきた人たちの心の記憶として、
(普通に「記憶」と言え、っていうね。)

もし、思い出してくれることがあるのであれば、
願わくば、
怒っていたり、落ち込んでいたり、泣きそうだったり。
そんな姿ではなく、
幸せそうな、楽しそうな、笑っている姿であればいいな


この世界で、限りある時間の中で
出逢い は、奇跡だなあ、と思う

10人に話をすれば
10通りの受け取り方があって
でも、なんとなく で
それが成り立ってる世界が愛おしい


さて、最近頭がパンクするくらい
新しい世界や、知識を漁り、学びの時を過ごしていたのだが
一気に
「あ、違う。休まないと」モードに。

なんだかまた。
"人間めんどくさいな時期"に、一瞬浸かりそうな予感
たぶんわたしは、
一生、そうやって生きていくんだろう。

人間ってめんどくせー

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