『閉じたまぶたの外にある話』
『閉じたまぶたの外にある話』
真夜中の荒野の真ん中に、一台のピアノが置かれていた。弾く者もいないのに、静かに音が流れていた。
今夜の満月が、雲の切れ間から覗く片目のように見下ろしていた。それが荒野のピアノや、枯れかけた草の陰を作っていた。
息の長い風が砂を巻き上げ、音は砂塵か、根無草か、もうここにない記憶と共にどこかへ行きたがっていた。けれど音はピアノを置き去りにせず、月光の範囲を出ることはなかった。
乗る者のない自転車が、ピアノを遠巻きにして走る。それはゆっくり、とてもゆっくり、ペダルは月齢のように回り、剥き出しになったサドルの表面には、月の反射光が冷たく乗っていた。錆びついたチェーンが回りながら伴奏をし、錆びついた車輪がチェロの旋律を真似る。
今夜の満月は、雲の切れ間から覗く片目のようだ。何もかもが照らされている。けれど、何もかもが知られない。そう、これは閉じたまぶたの外にある、夢みたいな話。
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