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[翻訳#1]キャサリン・マンスフィールド「ドールハウス」(1922)

ドールハウス¹

(1922)
キャサリン・マンスフィールド


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愛すべき老齢のヘイ夫人はバーネル家に滞在した後、街へと帰ると、バーネル家の子供たちにドールハウスを送ってよこした。とても大きなもので、届けに来た荷馬車屋の御者とパットとが2人で中庭に運び込み、飼料室のドアのそばにあった2つの木箱を台にして、そこに置くことにするほかなかった。だけど、それで別に問題ない、夏のことではあったから。それにこうしておけば、いずれ家の中に仕舞い込まねばならない時までに、このペンキの匂いもすっかり消えているんじゃないか。いや、まったく、このドールハウスから漂ってくるペンキの匂いときたら(「もちろん、優しいヘイ夫人のことですけれどね、本当にまあ、この上なく芳しい気遣いだわね!」)、ベリル叔母さん曰く、このペンキの匂いに参ってしまわない人なんていないわねと。つまり、布袋が外される前からそんな始末なのだから、いざ外してみた時ともなればもう……。

そこに佇むドールハウスは、ペンキの鈍い輝きをたたえたホウレンソウのような深い緑色に、明るい黄色の縁取りが映えている。屋根の上には穴の通っていない2本の低い煙突が糊付けしてあって、赤と白に塗られている。それにドアは黄色いニスのつやで、まるで1枚のトフィーのよう。4つの窓はどれも本物で、幅広の緑色の窓枠で区切られている。小さなポーチまであって、黄色のペンキで塗られているところに、縁に沿ってペンキがたっぷりと垂れて固まっている。

だけど、完璧、完璧な小さなおうち! 匂いなんて気になるはずがある? それさえも楽しみのうち、新しいおうちだってことなんだから。

「早く開けて、ねえ!」

横の留め金が固く締まっている。パットがペンナイフでこじ開けようとすると、家の前面がぐらっとこちらに開いてきて、ほら、のぞき込んでいるその刹那、客間やダイニングルーム、それからキッチンに、2つの寝室が目にぱっと飛び込んできた。家が開くって、こういうこと! どうして家はみんなこんなふうに開かないんだろう? ドアの隙間から、中の粗末な狭い廊下に帽子掛けや傘が2本置いてあるところをやっと眺めるのなんかよりも、ずっとずっと面白い! つまり、そうじゃない? ドアノッカーに手を掛けて、家の中がどんなだかを早く見たくてたまらない時ってそういうこと。もしかしたら神様が真夜中に天使を伴ってこっそり歩き回りながら家々を開けてみる時なんかはこうじゃないかな。

「あぁ!」。バーネル家の子供たちはまるで絶望したかのような声を上げた。それがあんまりにも素敵で、受け止めきれないほどの素晴らしさだったから。生まれてこのかた、子供たちのだれもこれほどのものを見たことがなかった。どの部屋にも壁紙が施されていた。壁に飾られたいくつもの絵は、紙に描かれたのがちゃんと金の額縁に設えられている。キッチン以外はどこも赤い絨毯が敷きつめられていて、客間には赤いビロードの張地の椅子、ダイニングルームには緑の張地の、それからテーブル、本物のベッドクロスの敷かれたベッド、ゆりかごもあるし、食器棚にはちっちゃなお皿や大きな水差しまで収められている。だけどキージア²が何よりも気に入り、とてつもなく心を奪われたのは、ランプだった。ダイニングテーブルの真ん中に配され、手の込んだ小さな琥珀色のランプには白くて丸い火屋ほやがついている。それに、すぐにも火が灯せるようにすっかり中が満たされていて、もちろん、本当には火を点けられないのだけれど。でもなんだかオイルみたいなものが中に入っていて、揺らしてみると、ちゃんと動く。

お父さんとお母さんの人形は、客間で気絶しているみたいにものすごくかちんと真っ直ぐに寝そべっていて、2人の小さな子供たちは2階で眠っているんだけれど、とにかくみんな、このドールハウスには不釣り合いに大きすぎる。とても住んでいる人たちとは思えない。だけど、ランプは完璧である。まるでキージアに向かって笑いかけながら、こう言っているみたい。「ここはわたしのおうち」。ランプこそは実感のある本物だった。

翌朝、バーネル家の子供たちはもどかしいような足取りで学校へと歩いていた。始業のベルが鳴る前に、みんなにドールハウスのことを話したくって、説明したくって――つまりは――自慢したくって仕方がない。

「わたしが話すんだからね」と、イザベルが言った。「わたしがお姉さんなんだから。あんたたちは後から話に入ってくるの。だけど、最初に話すのはわたし」

2人は返事をしなかった。イザベルはいばり屋で、それでもいっつも正しいんだってことは、ロティにも、キージアにもよく分かっていた。つまり、1番の年長さんがどれほど偉いのかってことを。2人は厚く茂ったキンポウゲを撫でるようにして歩きながら、何も言わなかった。

「それからね、おうちに見に来てもらう人を選ぶのもわたしだからね。お母さんがそうしてもいいよって」

つまり、こんな約束になっていたのである。ドールハウスを中庭に置いてある間は女の子たちを呼んで、ただし1度に2人までね、見に来てもらってもいいんだと。お茶をごちそうするのはもちろんだめだし、おうちの中を見せて回るのなんかもだめなんだけれど。ただ、イザベルが宝物を見せてやって、ロティとキージアが満足そうにしている間、中庭でおとなしくしているのならば……。

さあ、そろそろ急がないと、男の子たちの運動場のタールで塗られた杭の柵のあたりまで来たところで、学校のベルが大きな音を立てて鳴り始めた。本当にぎりぎりのところ、ちょうど急いで帽子を脱ぎ捨て、列に滑り込んだと思ったら、点呼が始まった。でも、そんなことはお構いなし。イザベルは遅れた分を取り戻そうと、とっても大事な、興味深い話があるといったふうに、近くの女の子たちに向かって口元にかざした手の後ろからこんなふうに囁きかけた。「ねえ、休み時間に面白い話があるの」

休み時間になると、イザベルを囲んで女の子たちが集まっていた。クラスの子たちは競うようにイザベルに手を回し、一緒になって歩き、おべっか使いの笑顔を見せながら、特別な友人になろうとしている。イザベルは運動場のそばの大きな松の木の下で、ぐるりを囲むみんなの注目を一身に集めていた。小さな女の子たちはお互いにつつき合ったり、くすくす笑いの声を漏らしたりしながらぎゅっと肩を寄せ合っている。その輪から離れたところにぽつんと2人ばかり、それはいつも輪に加わらないケルヴィー家の子たちだった。この子たちは、バーネル家の子のそばには近づかない方がよいと承知していた。

実のところ、バーネル家の子たちの通っている学校というのは、彼女たちの両親にしてみれば、他があるのならそちらに通わせたいと思うような学校だった。しかし、他はなかったのである。何マイル四方にもわたって、ただこの1校があるばかり。そんなわけだから、近くに住む子供たちは全部、つまり、裁判官の家の女の子たちも、医者の娘たちも、商店の子も、牛乳屋の子もみんなごっちゃになってこの学校に通うしかない。それからもちろん、おんなじ数だけ、行儀が悪くて乱暴な男の子たちもいる。だけど、どこかでちゃんと線を引いておかなくちゃいけない。それがケルヴィー家のところだった。バーネル家の子供たちはもちろん、たいていの子はケルヴィー家の子と口をきいてはいけないことになっていた。みんな、そばを通りかかる時には高飛車にぷいっと顔を逸らして歩くんだけれど、何につけバーネル家の子たちが先鞭をつけたやり方がお決まりになっていて、その結果、ケルヴィーの子たちはみんなから仲間はずれにされていたのである。先生でさえ、ケルヴィー家の子たちにはほかの子にするのとは違う物言いをしたし、ある時、リル・ケルヴィーがその辺で見かけるような花で作った素朴な花束を机のところまで持ってきた時なんかには、ほかの子たちに向かっておかしな笑顔を見せたりした。

ケルヴィー家の子の母親と言えば、はつらつとした働き者の小柄な掃除婦で、1日中、あっちの家からこっちの家へと忙しく駆けずり回っている。それだけでも十分にとんでもないこと。じゃあ、その旦那はどこにいるかって? 誰もたしかなことは知らない。けれどもみんな、きっと刑務所務めだろうと噂している。つまり、ケルヴィー家の子供は掃除婦と囚人の子なのである。まったく、親にしてみれば自分の子のお友だちにさせたい見本みたいな子たちだってこと! ケルヴィー姉妹もそんな周囲の目を裏切らない身なりをしている。いったい何だってケルヴィー夫人が子供たちにあんな目立つ格好をさせているのかってことは理解に苦しむばかり。だけど実のところ、姉妹は母親の勤め先の家々からもらってきた「ハギレ」を着ているのである。例えば、太って不器量で大きなそばかすのあるリルは、バーネル家の緑色のアートサージのテーブルクロスで作ったドレスに、ローガン家の真っ赤なサテン生地で作られた袖をつけたのを着て学校に来る。それに帽子。広い額の上にのせているのは、大人の女の人の、つまりは郵便局の女局長を務めるミス・レッキーの持ち物だった帽子である。その帽子は後ろのところがぴんと跳ね上がっていて、大きな緋色の羽があしらわれている。それを被った姿はまるでちっちゃな男の人! 笑いを堪えるなんて無理な話。妹のエルスの方はと言えば、着丈の長い白のドレスとでも言おうか、むしろナイトガウンといったふうなものを着ていて、足には小さな男の子用のブーツ。しかし、エルスの場合は何を着ているかが問題なのではなくて、どのみち不格好なのである。痩せぎすできゃしゃなこの女の子は、短く刈られた髪に、厳粛さを湛えた大きな目をしていて、そのようすはなんだか小さな白フクロウを思わせる。誰も彼女が笑顔を見せているところを知らないばかりか、彼女はまともに口をきいたことさえない。生まれた時からずっとリルのそばにいて、手にはリルのスカートの端っこを巻き上げるようにぎゅっと握りしめている。リルがどこかに行こうとすれば、エルスもそこについていくのだ。運動場には学校の行き帰りに使う道があって、そこをリルが先頭に立って歩き、後ろをエルスが遅れまいとついてゆく。ただ、エルスが何かを訴えたかったり、息が切れたりした時には、手に持ったスカートの端をぐいっと引っ張って何事かを伝えようとする、すると、リルは足を止め、エルスの方を振り返る。ケルヴィー姉妹はいつもお互いの気持ちを分かり合っている。

姉妹は所在なげに輪のそばまで来てぶらついている、けれど、女の子たちには2人に聞かせないようにするすべもない。輪になっている女の子たちが振り返ってばかにしたような笑いを向けると、リルはいつもそうするように、ちょっと間の抜けた恥ずかしそうな笑顔を浮かべ、エルスはただ見やるばかりだった。

イザベルは、とても誇らしげな声で話し続けた。絨毯の話はみんなの興味を引いたし、本物のベッドクロスの敷かれたベッドやオーブン扉の付いたコンロの話でも歓声が上がった。

話し終えた時、キージアが言葉を挟んだ。「ランプのこと、忘れているよ、イザベル」

「ああ、そうだった」。イザベルは答えて続けた。「それでね、ちっちゃなランプがダイニングテーブルの上に置いてあるの、ぜんぶ黄色のガラスでできていて、白い覆いがついていてね、本物みたいなんだから」

「ランプが1番すてきなの」と、キージアは声を上げた。イザベルの説明では、あの小さなランプの魅力を言いつくせていないように思ったのだ。でも誰の注意も引かなかった。イザベルは、その日の午後に一緒に家に来てドールハウスを見せてあげてもいい2人を選んだ。エミー・コールとレナ・ローガンの2人である。しかしほかの子たちも、いずれみんな呼んでもらえると知らされると、これ以上ないくらいにイザベルに取り入った。順番にイザベルの腰に手を回したり、その場から連れ出して独り占めしようとしたりした。そして何か意味ありげに伝えることがあると言って彼女に囁いて聞かせる、秘密だよと言って。「イザベルは私の親友」

すっかり忘れられてしまったケルヴィー姉妹だけがその場所から離れていった。そこにいても、もう何も聞かせてもらえることがなかったから。

数日が過ぎて、ドールハウスを見せてもらった子たちが増えていくと、その素晴らしさは広まった。大評判になって話題をかっさらったのである。誰かに尋ねることと言ったら、「ねえ、バーネルのおうちのドールハウスはもう見た? すっごく素敵ね」とか、「まだ見ていないの? 早く見なくちゃ!」なんてことである。

お昼の時間もその話でもちきりになった。女の子たちは松の木の下に座って、ぶ厚いマトンのサンドイッチだの、バターを塗ったジョニーケーキの大きなひと切れだのを頬張っていた。そのできるだけ近くになるように、いつもケルヴィー姉妹は座っていて、エルスがリルにしがみつくような格好で、2人もやっぱり話に耳を傾けていた、赤い染みでぐっしょりとした新聞紙にくるんだジャムサンドイッチを食べながら……。

「お母さん」と、キージアが言った。「1度だけ、ケルヴィーの子たちを家に呼んじゃだめ?」

「もちろん、いけません、キージア」

「でも、どうしてだめなの?」

「向こうへ行ってちょうだい、キージア。どうしてだめなのかはよく分かっているでしょう」

そしてとうとうドールハウスを見たことがないのは姉妹だけになっていた。その日はドールハウスの話が少し落ち着いていた。お昼の時間である。女の子たちは松の木の下に立っていて、ふいにケルヴィー姉妹の方に視線を向けた。姉妹は、いつものように2人きりで、いつものように聞き耳を立てながら、新聞紙に包まれたものを食べていたのだが、女の子たちは姉妹にいじわるをしてやりたくなった。エミー・コールがこんなふうにひそひそ声で言い出した。

「リル・ケルヴィーはね、大人になったら召使いになるの」

「わあ、なんてひどいの!」と、イザベルが応じて、エミーに意味ありげな視線をやった。

エミーはすっかり理解して、こんな場合に母親がやっていたのとそっくりにイザベルに向かって頷いて見せた。

「本当に、本当に、本当の話なんだから」

すると、レナ・ローガンの小さな目が輝いた。「わたしが聞いて来ましょうか?」と、そう囁いた。

「まさか、できっこないよ」と、ジェシー・メイ。

「なにさ、できるったら」と、レナが言う。そして突然、短く甲高い声をあげたかと思うと、ほかの子たちの前に躍り出た。「見ててよ! 見てて! ほら、今!」と、レナ。滑るように、転がるように、片足をもたつかせながら、堪えきれない笑いを片手で覆うようにして、レナはケルヴィー姉妹のところまで行った。

リルが食事の手を止め、顔を上げた。そして残りをさっと包み紙にしまった。エルスはもぐもぐしていた口の動きを止めた。これからいったい何が起こるんだろう?

「ねえ、リル・ケルヴィー、大きくなったら召使いになるって本当?」と、レナが叫んだ。

あたりは恐ろしく静まり返った。リルは答えるかわりに、惚けたような恥入ったような笑顔を返した。相手の質問はまるで気にならないといったふうだった。これじゃあ、レナは返り討ちにあったようなもの! 女の子たちの間にくすくす笑いが広がった。

レナにはそれが我慢ならない。両手を腰のところに置き、前屈みになると、「なによ、あんたのお父さんは刑務所にいるくせに!」。そう意地悪く罵った。

それはもう素晴らしくずばりと言ってやったものだから、女の子たちはわっといっせいに逃げ出した、本当に、本当に大興奮で嬉々として大騒ぎになった。だれかが長い縄ひもを見つけると、縄跳びが始まった。それはそれは高く跳んだし、すばやい動きで縄に入ったり出たりをした。この時ほどはしゃいだことはないというくらいに。

その日の午後、パットが馬車で迎えに来て、子供たちを家に連れて帰った。来客があったのである。お客さんを迎えるのが好きなイザベルとロティはエプロンドレスを着替えに2階に上がって行った。けれど、キージアはこっそりと裏庭に抜け出した。そこには誰もおらず、キージアは中庭の大きな白い門扉にぶら下がって前後に揺らし始めた。そんなふうにして通りの方を眺めていると、向こうに小さな点のような2つの影が見えた。影はだんだん大きくなって、キージアの方に近づいてくる。1つが前を行き、もう1つがそのすぐ後をついて来るのが分かった。そして、それがケルヴィー姉妹であることも。キージアは揺らすのをやめた。そして門扉から降りて、その場から逃げようとした。でも、そうするのをためらった。ケルヴィー姉妹が近づいてくると、2人に寄り添うようにして歩く長く伸びた影は道の端から端まで渡り、ちょうどその頭がキンポウゲに差し掛かるあたりにまで届いていた。キージアはもう1度、門扉にぶら下がり直すと、意を決して、大きく揺らした。

「こんにちは」と、キージアは通り過ぎようとする姉妹に声を掛けた。

2人はとても驚いて足を止めた。リルはあの内気な笑顔を浮かべた。エルスはただ見やるばかり。

「よかったら、こっちに来てドールハウスを見て行かない」。キージアは言いながら、片方のつま先で地面を擦った。すると、その言葉にリルは顔を赤くしてすばやく首を振った。

「どうしてだめなの?」と、キージアは聞いた。

リルはひと呼吸置いてから、こう答えた。「あんたのお母さんがうちの母さんに、あんたたちとは口をきかせないようにって言ったの」

「ああ、そう」と、キージアは言った。何と答えたらよいのか分からなかったのである。「でも関係ない。やっぱりこっちに来てドールハウスを見て行ってよ。行こう。誰も見ていないから」

それでもリルはもっと大きく首を振った。

「いやなの?」と、キージアが尋ねた。

すると、ふいにリルのスカートがぐいっと引っ張られた。リルは振り返った。エルスが何か言いたげに大きな目で見上げ、不服の表情を浮かべていた。彼女は行ってみたいのだ。ちょっとの間、リルは疑わしげにエルスの顔を見つめていた。するともう1度、エルスがスカートを引っ張った。それで足を進めた。キージアが前に立って案内する。まるで2匹の小さな野良猫みたいに、姉妹はドールハウスの置かれた中庭まで招き入れられた。

「ほら、あれだよ」と、キージアが言った。

少しの間があって、リルは音を立てて息をついた、鼻息荒くといったふうに。エルスは石のように固まっていた。

「いま開けてあげる」と、キージアは親切に言った。横の留め金が外されると、みんなで中を覗き込んだ。

「ほら、ここが客間でしょう、居間があって、それからこっちが――」

「キージア!」

まったく、その声に3人はどれだけ驚かされたことか!

「キージア!」

ベリル叔母さんの声だった。3人は振り返った。ベリル叔母さんは勝手口のところに立ち、目の前の光景が信じられないとでもいった表情で見つめていた。

「なんてこと、ケルヴィーの子たちを中庭まで連れて来たって言うの?」と、叔母さんは冷たく、怒りにまかせた声で言った。「あなたも知っているわね、この子たちと話してはいけないんですよ。もうお行きなさい、あなたたち、さあ、早く行って。もう2度と来てはだめよ」と、ベリル叔母さん。そして庭先まで降りて来ると、まるでニワトリにするみたいに子供たちを追い払った。

「さっさと出て行って!」と、そう冷たく高慢ちきに言い放った。

2度までも言う必要はなかったのだ。恥ずかしさで顔を真っ赤にし、一緒に身を縮めながら、リルは母親みたいにエルスを引き寄せ、エルスは放心したようになっていたけれど、2人はなんとか広い中庭を抜けて、白い門扉の外へと出た。

「まったく聞き分けのない、悪い子ね!」ベリル叔母さんはキージアに向かってそうきつい調子で言うと、ドールハウスの扉を叩きつけるように閉めてしまった。

その日の午後はひどい気分で過ごしていたのだ。ウィリアム・ブレントから手紙が届き、それはぞっとさせられる脅しかけるような内容で、この日の夜にプルマンズ・ブッシュに来なければ、家に出向いて訳を問い質すというのである! しかし今まさに、ケルヴィーの小ネズミたちを追い払い、キージアをしっかりと叱ってやったことで、心が軽くなった。さっきまでの重苦しい気持ちは消え去っていたのである。そして鼻歌をうたいながら家に戻って行った。

ケルヴィー姉妹はバーネルの人たちの目の届かないところまで来ると、道の脇にあった赤い排水管の上に腰を下ろして一休みすることにした。リルの頬はまだ赤くほてったままで、羽根付きの帽子を取ると膝の上に置いた。2人はちょっとうっとりとした気分で、放牧地の方を眺め、小川を越えた向こうの、アカシアが寄りかたまって生えているところにまで視線をやっていた。そこには、ローガン家の牛たちが乳搾りを待って佇んでいる。どんなことを思っているのだろう?

そのうち、エルスが姉の方にからだを寄せて来た。だけど、もうあの不機嫌な女の人のことはすっかり忘れてしまっている。姉の帽子の羽根の上に指を1本だけ置くとやさしく撫で、その口もとにはめったに見せない笑みが浮かんでいた。

「あのちっちゃなランプを見たよ」。そう静かに言った。

それから2人はまた沈黙に戻った。


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訳注

¹ ドールハウス

The Doll's House
既存訳では「人形の家」とされていることが多い。イプセンの戯曲と重複するこの作品名を避けて、むしろ作中に登場するミニチュア模型の家を言う際に一般に使われる名称をそのまま使用した。

² キージア

Kezia
既存訳では様々な読みが充てられているけれど、本稿では実際の発音に近いカナ表記「キージア」を採用した。なお、英紙『The Guardian』のサイトではオーディオ・コンテンツとして、マーガレット・ドラブル(Margaret Drabble)の朗読による「Margaret Drabble reads 'The Doll's House' by Katherine Mansfield」を聴くことができる。


底本

底本:Project Gutenberg所収『The Doves' Nest, and Other Stories』(1923)所載「The Doll's House
著者:Katherine Mansfield


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