親友へ ”人生であと5回だけ会おう”

”人生であと5回だけ会おう。
その5回はいつでも駆けつけるから、呼んでほしい。”

荷物を入れるかごはあるが、そのかごを置く場所がない、
人と座席を詰め込んだ新橋ガード下の大衆居酒屋でぼくはそう言った。

それを聞いて彼は微笑んだ。 大手金融機関で土日も仕事に時間を捧げ馬車馬のように働く彼は、みるみる成績を残し30代前半で首都圏のエリア長となった。 一方で彼にジョークを言える人間は減ったらしい。
中学生から同級生として彼をよく知るぼくには少しびっくりではあった。

この小説の書き出しのような一言にどう応えようか、
深夜の若手芸人のように腕が鳴っているらしい。

首を左右に揺らし思索に耽る彼を一瞥しながら、グラスに入ったビールを一口啜った。 そしてなんでもいいとは言ったが前半からのもつ煮込みや
焼き鳥、刺身の5点盛りなどの注文に飽きていたので、
さっぱりとしたお新香はないかと店内に貼られた札のメニューを探はじめた。

手前でテーブルに肘をつきながら次第に同じ姿勢になるカップル、
ビールの泡沫を見つめるサラリーマン、
羞恥心は家でお留守番させてますというようなオバサマ御一行、
を目線がかき分けながら スピードおつまみ の札を見つけたところで、
飛沫がテーブルに付着してから音が聞こえた。


「ブハッまた始まった?なんかそういう本読んでるの?」
「そうそう、ライフハック系の読んでそうじゃん?でも今回は読んでないよ」
「え、そうなの?」
「うん」

彼の眼の色が少し落ち着いてくる。
いつもの掛け合いの間から1テンポ外れて

「え?まじなやつ?」
「うん、そういう風に生きようかなーって」
「え?おれ無理だよ」
「うん、でもそうしようと思ったし、ラインとか電話はちゃんと出るよ」
「何かあったの?」
「いや、逆になんもないの。」
「こないだのやつまだ怒ってる?」
「いやそんなんじゃ怒んない(笑)
 けどそういう人生もありかなーって。変人になりたいの」
「? いやもう十分変わってるし、おもしろいよ。」
「いや多分そういうことじゃない、ひとりで完結したいの。とはいっても嫁と子供はいるからズルなんだけどね」
「いやいや・・・」
タバコの煙のように言葉の残像に意味はなく、ゆらゆらと消えていく。

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