だんなのうどん

その昔、20歳。
私は早婚で、ハタチで結婚していた。
だんなもまだ若く、23歳であった。

とある日、私は発熱し寝込んでおり、夕飯が作れない日があった。

外で何か買ってきて食べてと告げたところ、料理は全く出来ないと言っていただんなが、
『今日は俺が作るから、寝てて』と頼もしい返事が返ってきた。

え、ごはん作れるの?ほんとに?

数時間後、寝室に入ってきた夫は
『ご飯、出来たから一緒に食べよう』と私を起こしてくれた。

キッチンに行くと、案の定、
大量の洗い物やらパックや野菜などで滅茶苦茶。

目眩がした。片付けてくれると良いのだけど…

そして、その横には大鍋にいっぱいのすごい量の煮込みうどんが出来上がっていた。

え、本当に作ったの?作れるの?
驚きつつ、だんながよそってくれたうどんを啜った。

いや正確には、麺を啜れてない。

具材にした何もかもが、柔らかくくたくたに煮込まれており、うどんは細かくなり溶けつつあった。
野菜も原型がないくらい、溶け込んでいた。

病人には、ちょっと脂っこかったけど、それはとてつもなくおいしい出汁のうどんだった。

『どうやって作ったの?』と聞いてみると、幼少の頃、祖父母に預けられていた夫は、病や発熱の時によく祖母にこの煮込みうどんを作ってもらった。
これを食べれば、すぐ治ると話した。

『とってもおいしいけど、具材は何を入れたの?』
彼は、具材を紹介してくれた。

鶏もも肉を2パックと、野菜とうどんと天ぷらと…
スーパーのレシートを見せてくれた。
そこには、5000円の会計が書かれていた。

ご、ごせんえん!?

かなりびっくりしたけれど、
怒らず、慌てず、冷静を装い
『これ全部お鍋に入れたの?』と聞いてみると
『うん!全部入れて煮込んだんだ。うまいべ?』と得意げに、答えた。

まだ若く、経済的にも裕福で無かったあの頃。
私は1ヶ月の食費を2万円でやりくりしていた。
5000円といえば、1週間分の食費である。

呆れたというか、笑ってしまった。
これだけの具材を使って、じっくり煮込んだのだからそりゃあ美味しいわけだ。

男の大胆さ、無計画さがなせる技と味…
で、でもおいしい…なんなのこれは!

節約女の発想と想定を遥かに超えた、『ザ、漢のうどん』だったので、度肝を抜かれた。

彼は、俺だって、これだけは料理作れるんだぜ。
びっくりしだだろう?えっへん!
みたいなドヤ顔をしていた。

怒りたい気持ちもあったが、
なんとも言えない気持ちになって
私は、ありがとうを伝え
一心不乱にうどんを食べた。

不思議と次の日には私の熱は下がり
風邪は治っていた。
でも風邪が治ってもまだ大鍋にたくさん残っていたので、3日かけて2人で食べた。

びっくりするくらいおいしい謎のうどん。
食材の硬さに問わず、全て同時に煮込まれたうどん。

病の妻の体を案じて、料理の出来ない23歳が
一生懸命に、初めて人の為に作ってくれたうどん。

何も考えずに、優しさだけで
とにかく煮込んだうどん。

おばあちゃんのレシピを思い出しながら
作ってくれたうどん。

鶏ももが4枚も入ってるうどん。

5000円もするうどん。

女ならば、絶対に作れないであろう
金に糸目をつけないうどん。

そんなふうに、くたくたのうどんを作ってくれる人と結婚出来て良かったな。
しあわせだなと、その時は思った。

共に暮らした5年間。
山あり谷あり、羽振りが良くなっても
風邪の時、だんなはそれを作ってくれた。

離婚してから、何十年も彼には会っていない。
会いたいとも思わないけど、
発熱などで具合が悪い時に、
決まってあのうどんが浮かぶ。

私の為だけに作られる特別なうどん。

28年後の今。
彼の顔も声も忘れつつあるけど
その煮込みうどんを思い出す。

#元気をもらったあの食事

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