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【笑ってくれないあさひくん】 #13


 学校が終わって久しぶりに四人揃って帰宅。
 ちーちゃんが入っている調理部は月に数回しかないから一緒に帰ることが多い。
 あさひくんと勇太くんは週に数回サッカー部の練習に参加してるけど、正式に入部しているわけじゃないらしい。入部すればいいじゃんと言ったら、中学で散々しごかれたからもうこりごり、だって。ただ、身体が鈍りそうだから、という理由で参加させてもらってるらしい。


「サッカー部もゆるいんだね」
「いや、顧問に会うたびに入部しろって脅されてる」


 部員でもない一年生が好き勝手に練習来て怒られないの?先輩とか厳しくないの?と勝手に心配になって聞くと「いや、先輩たちも顔見知りが多いし、そもそも先輩たちから言われたんよね。好きなときに来ていいから、練習に参加してくれって」。
 たしかに、サッカー部に限らず、部活入部が必須じゃないわたしたちの学校は、部活をするよりもバイトや遊びを優先する人たちの方が多い(かくいうわたしもその一人)。
 人気のある部活でもなかなか人が集まらず、今年サッカー部に入部した一年生数名は、小中学校で一緒にサッカースクールやサッカー部で過ごしてきた、あさひくんと勇太くんの友だちがほとんどだと言ってた。


「まぁ、人が足りないから試合に出てくれって言われたら出てやってもいいけど」
「なんで上からなの?」
「ねぇ、ラーメン食べたくない?」


 ちーちゃんの思いつきに「食う」と即レスする勇太くんは、わたしたちの返事も聞かずにお店の中へそそくさと入っていく。まぁ、食べるけど。
 この時間にラーメンを食べたら夜ごはん食べられないな、とママにラインすると「遅い。もう準備しちゃってるんですけど」とお怒りの返信が。


「ママにラインしたら、もう準備してるって怒られた」
「あら。まぁ、時間が時間だしね。食べるのやめる?」
「え、俺もうラーメンの気分なんだけど」
「いや、ここまで来たら食べない選択はない」
「飯なに?」
「とんかつだって。さすがにラーメン食べてとんかつ入れるスペースはない。明日のお弁当に入れてもらう」
「俺食える」
「え?」
「親に言っといて、俺食うって」


「俺、チャーシューの大盛り」と間髪を容れずに言うのは、そう、勇太くん。
 元々、勇太くんもあさひくんもよく食べる方だけど、勇太くんの好物に対する貪欲さには目を見張るものがある。
 うちのご飯が勇太くんの好物のときは必ず「勇太も呼んでみて」とママに言われる。そして、もちろん来る。到着するや否や無心で好物だけを食べ続け、ママに「その辺でやめときな」とストップをかけられる場面をもう何度見たか。
 翌日、そのことを二人に言ったら「え、あいつ、昨日うちで普通に飯食ってたけど」なんて言うもんだから、みんなで引いたこともあったな。


「勇太くんが代わりに食べるってって送ったら【だと思った】だって」
「勇太って満腹になることあんの?」
「満腹になる前におまえらが止めるから分かんね」
「うちらがいないときどうしてんの?」
「おまえらがいないとき、飯食わねーから分かんない。あ、コンビニで菓子パンとチキン食うくらい」


 またママたちが怒りそうな……
 ママに言ったら勇太くんが怒られるし(もちろんかなちゃんにも)、本人に「ちゃんと食べなよ」なんて言ったところで素直に聞き入れて食べる勇太くんではない。そんな素直さがあったらとっくに食べてる。
 わたしたちにできることは、今日みたいにたまに寄り道をすること、家に呼んでママたちのごはんをお腹いっぱい食べてもらうこと。
 ママたちも、わたしたちもそれを望んでる。勇太くんにとったら、ありがた迷惑かもしれないけど。

 勇太くん、チャーシュー麺の大盛り。
 ちーちゃん、味噌ラーメン、コーンのトッピング。
 わたし、とんこつ醤油ラーメン、メンマのトッピング。
 あさひくん、チャーシュー麺の大盛り。

 ラーメンが来るまで、わたしたちはとても静かに過ごす。
 わたしとちーちゃんはスマホを見て、あさひくんと勇太くんは店の一角にある棚から漫画を持ってきて、それぞれの世界に没頭する。
 この時間が結構好きだったりする。

 少ししてから続々とラーメンが届いたところで、ちーちゃんが勇太くんのラーメンからチャーシューを一枚取る。もちろん、許可なく。
 でもこれはいつものことだから、ちーちゃんがチャーシューを取るのを待つか、お腹が空いて待ちきれない勇太くんがちーちゃんの丼にチャーシューを乗っけるか。
 そして、あさひくんも自分の丼にあるメンマをわたしに全部くれる。わたしがメンマ好きだから。
 「頼んだからいらないよ」って言っても「俺食わねーし」って。まぁ、嫌いじゃないのは知ってるけど、ありがたく頂戴する。
 もらってばかりじゃあれだし、一応「何かいる?」って聞くけど、いつも首を振られる。そういえば、あさひくんの大好物って何だろう。


「あさひくんの好きな食べ物ってなに?死ぬ前に食べたいものとか」
「んー、ラーメン、寿司、焼肉。あ、あと、あれ。親子丼」
「親子丼?あさひくんが親子丼好きって初めて知った」
「ほら、前、親が海外行ったとき、柚がつくったやつ」
「え、あれ?」


 うちはパパが出張で海外に行くことが多く、それにママもついていくことが稀にある。
 その間はわたしが洗濯や料理をして弟の面倒をみることが多くて(なんかあさひくんまでいる)、そのときにつくったのが親子丼。レシピサイトを見て簡単そうなのをつくっただけだから、それを好物にランクインされると少し申し訳ない気持ちになる。


「まぁ、確かに美味しくできたけど……」
「柚ちゃんは?」
「わたしはね、唐揚げかな。ママがつくる唐揚げ」
「分かる。めぐちゃんの唐揚げ美味しいよね」
「柚のつくる唐揚げも美味いじゃん」
「一応、ママのレシピ通りにつくってるはずなんだけど『こんなの適当にやった方が美味しくなる』ってふんわりした教え方だから、微妙に味が違うんだよね。使ってる調味料は同じなはずなんだけど」
「めぐちゃん、教え方適当だもんね」
「ちーちゃんは?死ぬ前に食べたいもの」
「わたしは~」


「ちづは最後の最後まで悩んで、何も食えなかった~ってなりそう」とニヤリと笑うあさひくんに「そんなことない」と言いつつ、悩み続けるちーちゃん。


「すいません、替え玉お願いします、おまえは?」
「今日はいい」
「珍しいね。夜ごはんのスペース空けてるの?」
「柚の残ったやつ食う」


 そう言ってわたしの丼を自分の前に持っていく。
 ラーメンを半分食べたあたりでお腹いっぱいになってきて、食べるスピードが遅くなったのを見られていたらしい。いつもならもっと食べられたはずだけど、今日はちーちゃんと休み時間に食べたお菓子がまだお 胃に残っている。そのことを忘れていた。

 あさひくんはわたしの食べ残しを率先して手伝ってくれる。小さい頃から。ママに、全部食べなきゃアイス食べちゃだめだよ、と言われて泣いてごねていたら、コソッと隣に来て「オレが食べてあげる」と食べてくれたことがある。それから、いまになっても、嫌いなものだったりお腹いっぱいになったときは、あさひくんが食べてくれるだろう、となんとも人任せな思考が出来上がってしまった。


「柚、メンマ一個ある」
「食べていいよ」
「あとで食べたかったって言うなよ」
「いっぱい食べたので大丈夫です」
「あさひくん、柚ちゃんに甘いよね」
「え~?どこが~?」
「なんとなく。どこか柚ちゃんファーストに感じるとこがある」
「え~?感じたことないけど」
「食いもんあげとけば大人しくなるし、あとでギャーギャー言われなくて済む」


 ん~、と何かをボソッと呟くちーちゃんに「ん?」と聞き返すとニコッと「なんでもない」と言われる。

 お店を後にし、スーパーに行くというちーちゃんとバイバイする。
 ただでさえ歩くのが速い二人と一緒に歩くことにちーちゃん共々苦労しているのに、今日は満腹すぎてさらに必死になって追いかける。
 それに気づいたのか、あさひくんが「勇太、歩くの早い。おまえ後ろ歩け」なんて言ってくれる。いつもこうだったらいいのに、なんて思いながらも私のペースに合わせて歩いてくれる二人に感謝。
 いつもの帰り道が体感二倍くらいの時間でやっと家に着いたと思ったら、なぜかあさひくんもついてくるので「あさひくんも食べていくの?」と聞くと「いや、ハルに会うだけ」って。

 結局、勇太くんはラーメン大盛りに替え玉をしたのにも関わらず、普通に一食分の量を食べた上にご飯を大盛りおかわりをした。ママが「勇太だけラーメン食べなかったの?」と聞いてくるので「まさか」と返したら「食べ盛り怖い」と震えていた。わたしも怖いよ。

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この小説は、小説家になろうで掲載している作品です。
創作大賞2024に応募するためnoteにも掲載していますが、企画が終わり次第、非公開にさせていただきます。

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