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【笑ってくれないあさひくん】 #7

 てるさんに「いつから出勤したらいい?」って聞いたら「柚ちゃんが来たいときに来たら」って。
 ある程度決まりごとがないと不安になるわたしは、週何日働いたらいいのか、何時から何時まで働いた方がいいのか、と質問責めしたら「柚ちゃんが決めていいよ」と言われて、余計不安になった。
 え……困る……という心の声が漏れたのか「お友だちはどういう風に働いているの?」と聞いてくれた。


「ちーちゃんは、学校ある日だと17時くらいから21時まで。休日だとお昼から夕方まで働くって言ってた。多分週3~4くらいで入るんじゃないかな?」
「じゃあ、柚ちゃんもそうしなよ」
「え?いいの?」
「うちは赤い日は休みだし、営業しても20時までだけど、それでもいいならどうぞ」
「じゃあ、そうしようかな」


 そんな軽い感じで決まったわたしの初めてのアルバイト。小さい頃からの顔なじみの店とはいえ、働くとなるとまた気持ちが違ってくるから緊張する。
 家から歩いてすぐの喫茶店の扉を開けると、おじいちゃん三人がダンシング。


「……なにしてるの」
「いやね、テレビを観ていたら、懐かしい歌が流れてたもんだから」
「あれ、もしかして柚ちゃん、今日からアルバイトじゃないの」
「そうだよ~、今日からです。よろしくお願いします」


 喫茶店の前にある古本屋のサブさん、八百屋のブタさん、この二人も小さい頃からの顔なじみ。
 わたしが喫茶店に来ると必ずどちらかはいて、二人とも仕事をサボってここに来てるらしい。たまに奥さんたちが怒りながら連れて帰ることもある。
 この三人はとても仲が良くて、三人集まっては楽しくおしゃべりしたり、さっきみたいに突然ダンスタイムが始まったり、誰かの提案でお店を閉めてカラオケ大会することもあるらしい。わたしが小さいときに遭遇したのは、三人がこっちをコソコソ見てると思ったら、「イッツショーターイム!」とマジックショーが始まったこともあった。いつからか、わたしたちはこの三人のことを「ジジギャル」と呼んでいる。


「わたしは何をしたらいい?」
「そうだなぁ。今日は初日だからね、お客さんに元気よく挨拶をすることと配膳や片付けでもお願いしようかな」
「柚ちゃんは小さい頃からここに来てるから、注文も取れるんじゃないの」
「いつも決まったものしか頼まないから、他のメニューのことはよく分からなくて。これから勉強します」


 それから、来店退店の挨拶の仕方、お客さんへのお水出しや声がけについて教えてもらって、今日はそれができたら十分と言われたので、メモを取りながら頭の中でイメトレ。
 ドキドキしながらお客さんを待っていると「柚ちゃん、そんなに緊張しなくても大丈夫。ほら、飲み物でも飲んでリラックスして。あ、そうだ。お客さん来るまでドリンク作りしていようか」とてるさんが言ってくれたので簡単なドリンクの作り方を教えてもらうことになった。
 グラスに氷を入れて注ぐだけのソフトドリンク、その上にアイスをのせるフロートドリンクは量とコツさえ覚えれば簡単で、ひとつ出来上がるたびに三人から「お~、すごいね~」と言ってくれるから楽しみながら作ることができた。

 それから何組かのお客さんが来店して、教えてもらったことを思い出しながらゆっくり丁寧にすることを心がけたけど、メニューの説明を聞かれたり、てるさんが接客中に電話が鳴ったり、お会計のお客さんが来たり、業者の人が来たり、どうすればいいのか分からずにあたふたすることが多かった。その度にてるさんが優しく教えてくれて、もっと仕事ができるようになって、てるさんの役に立ちたいって思った。頑張る。

 退勤の時間が近づくとお客さんも少なくなって、片付けや皿洗いをしながら「今日は全然出来なかった~、てるさんに迷惑ばっかかけちゃった」「そんなことない。今日は柚ちゃんにとても助けられました。いままで何十年も一人で頑張ってきたけど、わたしも歳をとってきたから出来ないことも増えてきてね。柚ちゃんがいてくれるだけで大助かり」って言ってくれて、嬉しかった。
 最後の片付けをしているとき、店の扉が開いたと同時にてるさんの「あら」と声がすると、あさひくんが軽く会釈をしながら入ってきた。


「いらっしゃい。久しぶりじゃない」
「こんばんは。久しぶりです」
「また男前になったね」


 あさひくんはハハッと苦笑いしたあとに「柚がちゃんと仕事してるか見にきました」って。


「もちろん、ちゃんと仕事してましたよ。てるさん大助かりです」
「ずっとあたふたしてて、何回も『てるさ~ん』って半泣きで助け求めてたけど笑」
「初日だから仕方ないさ。そうだ、柚ちゃんいくつかドリンク作れるようになったんだよ。あさひくんに何か作ってあげたらいいじゃない」
「簡単なやつだけどね、ここからここまで。ご注文お伺い致します」


 「じゃあ、これ」とコーヒーフロートを注文。店員らしく「かしこまりました」とカウンターキッチンに入り、専用のグラスに氷を入れてアイスコーヒーを注いだ上にバニラアイスをのせる。簡単な行程だけど、横からはてるさん、前からはあさひくんに見られてドキドキしながらつくる。てるさんに出来栄えを聞いたら「グーです」って。
 あさひくんにドリンクを提供したあと「柚ちゃん、もうお客さんも来ないだろうし、上がって大丈夫だよ。まかない食べていく?」と言われたので、お言葉に甘えていつも食べてるツナトーストをお願いした。


「やった~、ここのツナトースト好きなんだよね」
「それだけで足りんの?」
「練習でドリンク作ったときに全部飲んでいいよって言われたまま全部飲んだらお腹タプタプ」
「料理も作んの?」
「まだかな、作れるようにはなりたいけど」
「俺、バイト決まった」
「え、どこ?」
「駅の近くのカフェ。多分キッチンだと思うから、柚より料理できるようになるかも」
「料理したこともない人がよく言うよ」


 それからみんなでおしゃべりをしながらまかないを食べて、あさひくんと一緒に帰宅後、疲れて体力が限界だったのでそのままベッドにダイブ。

 そういえば、あさひくんがお会計しようとしたときにてるさんが「柚ちゃんのバイトデビューの記念でサービス」とウインクしたら「ありがとうございます、ごちそうさまです」って言いながらニコッとしたのを見れた。
 でもあれは、笑顔というより余所行きの笑みだったけど、まぁ、いいもの見れた。

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この小説は、小説家になろうで掲載している作品です。
創作大賞2024に応募するためnoteにも掲載していますが、企画が終わり次第、非公開にさせていただきます。

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