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【笑ってくれないあさひくん】 #3


「柚ちゃん、部活決めたー?」
「んー、部活は入んないかな。ちーちゃんは調理部?」
「うん!」


 入学式から数日経ち、ちーちゃんとあさひくんと一緒のクラスになった。
 勇太くんだけ隣のクラスになったけど、「サッカー部だったやつらが集合してるからうるさい」って。たしかに隣のクラスは元気な子が多い。
 わたしたちのクラスは比較的大人しい子が多いので、誰とでも仲良く話せるちーちゃんがクラスを引っ張ってくれてる。とてもありがたい。

 ちなみに、あさひくんと同じクラスになるのは小学生以来だから、なんだか新鮮。相変わらず不愛想だけど、仲のいい友達と同じクラスだったみたいで、いつもその子たちと一緒にいる。
 同じクラスなったし、もしかしたら笑った姿が見れるかも。


「あさひくんたちは?やっぱサッカー部?」
「や、部活は入んねーかな、バイトしてーし。身体なまんないくらいに練習に入れてもらうかも知んねーけど。あいつもそーするって」
「バイトは何すんの?」
「まだ決めてない。柚はてるさんのとこ?」
「うん。てるさんとママからオッケーもらったし。とりあえず高校に慣れてからだから、来週か再来週くらいから始めるつもり」


 てるさんは、わたしたちの家の近くにある喫茶店のオーナーで、小さい頃遊びに来てたおじいちゃんと散歩しているときに偶然見つけたお店。
 そこからママやみんなと行くようになり、中学生のときに「高校生になったらここでバイトしたいな~」とてるさんに言ったら「オッケー」とあっさり返事をもらった。ほっぺにポーズを添えながら。


「わたしもバイト決めてきたー!」
「え、どこ?」
「フードコートにした!来週から行く!」
「ちーちゃん、バイトに部活に家のことに大丈夫?」
「んー、とりあえずやってみる!」


 ちーちゃんはとりあえず何でもやってみないと気が済まない性格で「なんかできちゃった!」「なんかうまくいかなかった!」といつもあっけらかんとした報告をしてくる。
 ウジウジして行動を躊躇っちゃう性格のわたしとは大違い。


「あ、柚ちゃん、今日部活あるから一緒に帰れないや」
「わかった~」
「一緒に帰りましょうか?」
「部活に顔出しに行くんじゃないの?」
「別に今日じゃなくてもいいし」


 小学生のときからわたしとちーちゃんはいつも一緒に帰っていて、タイミングが合えば、あさひくんや勇太くんも合流して帰る。
 中学生のときは部活もあって中々四人で帰ることもなかったし、高校に入ってからより忙しくなるだろうから、一人で帰ることの方が多いだろうなぁと思ってる。

 わたしたちは昔から一緒にいる時間が多いから、周りに冷やかされることが多々ある。

 中学に入ってからはあさひくんと勇太くんに好意を持つ子が増えて、一緒にいると場が冷ややかになることがあったので、ちーちゃんと相談して、四人一緒にいる機会を減らしたことがあった。
 そんなわたしたちの思惑にすぐさま勘づいた男、あさひくんは今までと変わらず声をかけてきたり、時間をずらして避けようものなら「帰るか」と教室のドアにもたれかかって待ってたり、わたしたちがやめてくれと頭を抱えたくなるようなことを平気でしてくる。
 しつこい男で有名な(幼馴染界隈では)あさひくんは、わたしたちが根を上げるまで続けるから、最終的にはわたしたちが折れるしかなくなる。

 環境が変わるたびに起こることなので「あいつらと幼馴染な以上、これはわたしたちが乗り越えていかなければいけない宿命だ」と固く決意して以来、どんな視線もどんな言葉もちーちゃんと一緒に耐えてきた。

 できれば、できることなら、高校ではなるべく穏やかに過ごしたい。
 あの二人とは必要最低限のコミュニケーションで済ませたいけど、入学してからというか、今日も一緒に通学したし、顔を合わせれば何かと会話するし、なかなか矛盾している気がするけど。


「今日は図書室に顔出そうと思ってるから何時に帰るかわかんないよ」
「委員会?」
「本を借りに行くだけ」


 わたしは部活には入らず、図書委員会に入ることに決めた。
 小学生の頃から本が好きで、毎年それなりに読んでると思う。
 学校の図書室にも図書館にも本屋さんにも、本があるところならどこにでも、何度でも足を運ぶほど好きなのに、いままで面倒くさがりな性格が勝って係活動や委員会を避けて通ってきた。
 そんな面倒くさがりなわたしが、なぜ委員会に入ったのか。それは陸兄の一言がきっかけだった。

 派手な見かけによらず、わたし以上に本の虫な陸兄とは読書が共通の趣味で、あの本が面白かった、陸兄が好きそう、柚が好きそう、という会話をよくする。

 春休み中のある日、「柚さ、そんなに好きなら本屋でバイトとかすりゃいーじゃん」「あ、じっちゃんのとこでバイトすんだっけ?じゃーさ、委員会とかやれば?やること多いし、めんどくせーし、時間取られっけど、暇なときは本読んでりゃいーし、いろんな本に触れるし、基本、本好きたちが集まる場だかんね、読まず嫌いの柚ちゃんの視野が広がるかもよ~。ま、面倒くさがりぃな柚ちゃんには出来っこないか」と煽られたから、いやいや、背中を押してくれたから。

 そして陸兄は付け加えるように「好きなもんがあんなら、な〜んも考えず、そんなかに飛び込んだ方がいいのよ。いまの柚は飛び込む度胸がないだけ」と読んでた本に視線を戻す。

 そのときは陸兄のくせに真面目なことを言うんだな、とド失礼なことを思いながら流したけど、時間が経つにつれ、確かにそうかもなぁと考えるようになった。
 いままでも、面倒だし疲れるからやらない、自分の好きなタイミングで好きなことやりたいから、と誰に何を言われても自分の考えに固執してたけど、陸兄の言葉が気になる(というか引っかかってる)ということは、考えを改めるときなのかも、と勇気を出して委員会に立候補した。

 委員会を決める前日にみんなに、図書委員に立候補しようと思うんだ、と伝えたら「いいと思う!柚ちゃん本好きだし!」「柚、そういうの嫌がってたじゃん。珍しいこともあんだな」「ふ~ん」と応援してくれた。多分応援してくれてる。


「じゃーさ、終わったらサッカー部来てよ」
「なんでよ」
「いいから」


 結局、放課後図書室に寄って本を借りた後、校庭でサッカー部に混ざって練習をしているあさひくんを迎えに行ったら、わたしの姿を見つけた汗だくのあさひくんが走って寄って来ると「あと十分で終わる!飲みもん買ってきて!」とまたすぐ戻って行った。
 こき使われたことを不満に思いながら、売店の自販機であさひくんのスポーツ飲料と自分の炭酸飲料を買って戻ると、見た感じ……十分じゃ終わりそうもないな。

 陽が当たるベンチを探して、さっき借りて来た本を見つめる。

 初めての作家、初めてのジャンル、普段なら選ばない暗い色の表紙。
 陸兄に言われた「読まず嫌いの柚ちゃん」にどうしても反抗したくて手にした本。

 好きな作家、好きなジャンル、気持ちが軽くなる物語、綺麗な表紙。
 自分の好きなものを選び続けることが良いとばかり思ってた。多分、良いことだと思う、いまもそう思ってる……けど、好きなものを選び続けるだけで、ほんとにいいのかな。


「……ず……ゆず!柚!」
「っわ、びっくりした、終わったの?」
「何回も呼んだんですけど。考え事?」
「ちょっとね。終わったの?」
「勇太はまだやるらしーけど、俺は疲れたから終わり。飲みもんは?」


 はい、と渡すと「お、ありがと」と受け取って豪快に飲むあさひくんが「そっちは?」とわたしの飲み物のことを聞いてきたから、「わたしの」と答えると「そっちも飲みます」と勝手に手を伸ばしてフタをあける。


「わたしのなんですけど」
「ちょうど一口飲みたかったとこ。あっつ、着替えてくるからここにいて」
「全部飲むの?」
「飲んでいーよ」


 あさひくんは食べてるもの飲んでるものを勝手に横取りするタイプ。
 まぁ、わたしもひとくちは欲しいタイプだから、これに関しては何も言えないけど、それでもわたしは許可を得てから手をつけるから、あさひくんよりはマシ。
 結局読まなかった本をバッグにしまってボーッとしていると、いつもクールな勇太くんが汗だくになりながら練習をしている姿と目が合って、友達に声をかけたと思ったらこっちに走ってくる。


「これ、あさひの?」


 あさひくんに買った飲み物を見ながら、わたしが返事をする前に手に取る。
 あっつい、と汗をボタボタ地面に落としながら飲み干すと、足りなかったのか、わたしが持ってる飲み物を横目で見て「それ、柚の?」と聞きながら手に取ろうとしたから「運動して炭酸飲んだら、逆に喉乾くんじゃないの?」と聞くと「飲めればなんでもいい」と全部飲まれてしまった。
 そして「ん、」と空容器×2を渡されたあと、颯爽と練習に戻っていった。


 あさひくん飲み物を勝手に横取りするタイプ。
 勇太くんは飲み物を勝手に平らげるタイプ。
 まぁ、わたしもひとくちは欲しいタイプだから多少は許せるけど、勇太、おまえだけは許さん。


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この小説は、小説家になろうで掲載している作品です。
創作大賞2024に応募するためnoteにも掲載していますが、企画が終わり次第、非公開にさせていただきます。

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